やさしく、恋が戻ってくる
門の前で、バッグの中から鍵を探していた時だった。
「カチッ」と聞き慣れた隣家の門の音がして、顔を上げる。
「あっ……」
ちょうど浩司が玄関から出てきたところだった。
スーツのジャケットを肩にかけていて、ネクタイは少し緩めてある。
「今日子。おかえり」
「ただいま……」
思わぬタイミングでの再会に、心臓が跳ねる。
浩司はポケットに手を入れたまま、ふっと笑った。
「アルバイト、はじめたんだってな。どうだった?」
「うん……まだぜんぜん慣れないけど……がんばったよ」
「そっか。……疲れただろ、今日はゆっくり寝ろよ」
その声は、いつものように落ち着いていて、でもどこか優しかった。
今日子が何か言い返そうとしたその瞬間、浩司は軽く手を振って、
「じゃ、またな」
う言って、すっと自分の家のドアの中へ消えていった。
ぽかんと立ち尽くす今日子の耳に、
風がそっと吹き抜ける。
疲れただろ、今日はゆっくり寝ろよ。
たった一言なのに、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
まるで、今日一日が報われたみたいに。
カチャ、と鍵を閉めて、自室のドアをしめた瞬間、浩司はソファにジャケットを放り投げて、深く息を吐いた。
「……はぁ」
落ち着いていたはずの声も、門前での表情も、全部“演技”だった。
内心、今日子のアルバイトが始まったと聞いてからというもの、気が気じゃない。
“制服姿で、知らない男の前に立つんだろうか”
“注文受ける時、笑うんだろうか”
“疲れた手で、誰かのカップを下げてるんだろうか”
想像するだけで、胸の奥がざわざわする。
今日子が頑張っているのは知ってる。応援したい気持ちもある。
だけど、それとは別に、彼女が“誰かの目に触れる場所”にいるということが、こんなにも落ち着かないとは。
「……俺も、客として行くしかねぇか」
低くつぶやいた言葉は、思ったよりも本気だった。
ただ見に行くだけ。
ちゃんと働けてるか、心配で。誰かに変なちょっかい出されてないか、確認するだけ。
浩司は相変わらず、勉強とアルバイトに追われる日々を送っていて、今日子とデートするのは月に一度あるかないか。
それでも、たまにお互いの実家で家族そろって夕食を囲むことがあり、今夜もそんな日だった。夕食後、今日子は自然な流れで浩司の部屋へ足を運ぶ。
「こうちゃん、どうしてそんなにアルバイト頑張ってるの?」
そう尋ねる今日子に、浩司はベッドに腰を下ろしながら、少し照れたように笑った。
「一人暮らしの準備だよ。引っ越すとなると、家電とか家具とか、
必要なものがいろいろあるからさ。親に甘えたくないんだ。」
「そっかぁ……私も、アルバイトしようかなぁ」
今日子がぽつりと言うと、浩司はベッドに背中を預けたまま、横目で彼女を見た。
ぐいっと腕を引かれて、浩司の隣に座らされた今日子は、頬をほんのり赤く染めたまま、戸惑いながら彼を見つめた。
浩司はそんな彼女をそっと見つめ、静かに言った。
「……キス、していい?」
今日子はゆっくり、何度かまばたきしたあと、小さくうなずいた。
浩司の手が、そっと今日子の頬に触れる。
そのまま距離がゆっくりと縮まって、唇と唇が重なる。
熱くも、激しくもない。
けれど、じんわりと心の奥まで沁みてくるような、優しいキスだった。
時間が止まったような静けさのなかで、ただ二人の呼吸だけが、微かに重なり合っていた。
やがて唇を離した浩司が、少し恥ずかしそうに、けれどどこか誇らしげに言った。
「なあ今日子、本当に俺の彼女なんだよな?」
今日子は目を伏せて、小さくうなずく。
「うん……ほんとに、だよ」
その言葉に、浩司はたまらなく嬉しそうに微笑んだ。
「カチッ」と聞き慣れた隣家の門の音がして、顔を上げる。
「あっ……」
ちょうど浩司が玄関から出てきたところだった。
スーツのジャケットを肩にかけていて、ネクタイは少し緩めてある。
「今日子。おかえり」
「ただいま……」
思わぬタイミングでの再会に、心臓が跳ねる。
浩司はポケットに手を入れたまま、ふっと笑った。
「アルバイト、はじめたんだってな。どうだった?」
「うん……まだぜんぜん慣れないけど……がんばったよ」
「そっか。……疲れただろ、今日はゆっくり寝ろよ」
その声は、いつものように落ち着いていて、でもどこか優しかった。
今日子が何か言い返そうとしたその瞬間、浩司は軽く手を振って、
「じゃ、またな」
う言って、すっと自分の家のドアの中へ消えていった。
ぽかんと立ち尽くす今日子の耳に、
風がそっと吹き抜ける。
疲れただろ、今日はゆっくり寝ろよ。
たった一言なのに、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
まるで、今日一日が報われたみたいに。
カチャ、と鍵を閉めて、自室のドアをしめた瞬間、浩司はソファにジャケットを放り投げて、深く息を吐いた。
「……はぁ」
落ち着いていたはずの声も、門前での表情も、全部“演技”だった。
内心、今日子のアルバイトが始まったと聞いてからというもの、気が気じゃない。
“制服姿で、知らない男の前に立つんだろうか”
“注文受ける時、笑うんだろうか”
“疲れた手で、誰かのカップを下げてるんだろうか”
想像するだけで、胸の奥がざわざわする。
今日子が頑張っているのは知ってる。応援したい気持ちもある。
だけど、それとは別に、彼女が“誰かの目に触れる場所”にいるということが、こんなにも落ち着かないとは。
「……俺も、客として行くしかねぇか」
低くつぶやいた言葉は、思ったよりも本気だった。
ただ見に行くだけ。
ちゃんと働けてるか、心配で。誰かに変なちょっかい出されてないか、確認するだけ。
浩司は相変わらず、勉強とアルバイトに追われる日々を送っていて、今日子とデートするのは月に一度あるかないか。
それでも、たまにお互いの実家で家族そろって夕食を囲むことがあり、今夜もそんな日だった。夕食後、今日子は自然な流れで浩司の部屋へ足を運ぶ。
「こうちゃん、どうしてそんなにアルバイト頑張ってるの?」
そう尋ねる今日子に、浩司はベッドに腰を下ろしながら、少し照れたように笑った。
「一人暮らしの準備だよ。引っ越すとなると、家電とか家具とか、
必要なものがいろいろあるからさ。親に甘えたくないんだ。」
「そっかぁ……私も、アルバイトしようかなぁ」
今日子がぽつりと言うと、浩司はベッドに背中を預けたまま、横目で彼女を見た。
ぐいっと腕を引かれて、浩司の隣に座らされた今日子は、頬をほんのり赤く染めたまま、戸惑いながら彼を見つめた。
浩司はそんな彼女をそっと見つめ、静かに言った。
「……キス、していい?」
今日子はゆっくり、何度かまばたきしたあと、小さくうなずいた。
浩司の手が、そっと今日子の頬に触れる。
そのまま距離がゆっくりと縮まって、唇と唇が重なる。
熱くも、激しくもない。
けれど、じんわりと心の奥まで沁みてくるような、優しいキスだった。
時間が止まったような静けさのなかで、ただ二人の呼吸だけが、微かに重なり合っていた。
やがて唇を離した浩司が、少し恥ずかしそうに、けれどどこか誇らしげに言った。
「なあ今日子、本当に俺の彼女なんだよな?」
今日子は目を伏せて、小さくうなずく。
「うん……ほんとに、だよ」
その言葉に、浩司はたまらなく嬉しそうに微笑んだ。