やさしく、恋が戻ってくる
土曜の午後。
浩司は、薄手のシャツに着替えて自宅を出た。
スマホの地図アプリで店の場所は確認済み。
わざと時間をずらして、ピークを避けたつもりだった。

カフェのドアを押すと、控えめなベルが鳴る。
木のぬくもりと焼き菓子の香り。今日子が「いい匂いだった」と話していた通りだ。

「いらっしゃいませ!」

一瞬、視線が重なった。

今日子はカウンターの向こうで、トレーを持って立っていた。
制服のエプロン姿。髪をひとつに結んで、慣れない手つきでカップを運んでいる。

(……あれが“仕事してる今日子”か)

想像していたより、ずっと大人びて見える。けれど、ほんの少し緊張しているその表情が、いつもの今日子らしくて。
浩司の胸の奥がきゅっと締めつけられた。

「おひとりさまですか?」
声をかけてきたのは、にこやかな女性スタッフ。春香だった。

「はい。奥の席、空いてますか?」

「どうぞ〜」

席に着いて、メニューを開いたフリをしながら、浩司はチラリと今日子の様子をうかがう。

楽しそうに、でも必死に働いてる。誰かに褒められて、嬉しそうに笑ってる。
それが嬉しいのに、なぜか落ち着かない。

「……まいったな、俺」

顔に出さず、コーヒーを一口すする。

ちょうどその時、今日子が彼に気づいた。

「……こうちゃん!? なんで……」

驚いた顔。慌てた声。
浩司は、にやりと笑って見せた。

「見に来た。バイト姿、ちゃんと見ておかないとって思ってな」

「もう……来るなら言ってよ、緊張するじゃん……」

「緊張してたの? さっき、すごく楽しそうに笑ってたけど?」

「えっ……見てたの!?」

耳まで真っ赤になる今日子に、浩司はゆっくりと立ち上がる。

「もう少し見てたいけど……今日はこのへんで帰っとく。じゃないと、誰かが惚れるかもしれないしな」

「……っ!」

そう言って、浩司はカウンターに代金を置き、軽く手を振って店を出ていった。

残された今日子は、胸の鼓動が落ち着かなくて、しばらく動けなかった。
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