やさしく、恋が戻ってくる

カラン。
ドアの鈴が、今日一日が終わったことを告げるように鳴った。

「おつかれさま、今日子ちゃん。また来週ね」
「はい、おつかれさまでした！」

店長の美咲さんと、春香さんに手を振って、今日子はカフェの扉をそっと閉めた。

外に出ると、もう陽は傾いていて、街はやわらかなオレンジ色に包まれていた。
ほんのり風が吹いて、制服のエプロンを外した背中がふっと軽くなる。

足元は少しだけ重くて、でもその疲れさえ、なんだか愛おしい。
「働く」って、こういう感じなんだ。

頭の中では、春香さんとの休憩中の会話がふとよみがえる。

「そう思ってる時点で、もう子どもじゃないってことよ」

「……そう、ですかね？」

「うん。不安になるのも、成長してる証拠。だけどね、ちゃんと“好き”って気持ちがあるなら、きっと大丈夫よ。恋って、育てていくものだから」

自分なんか、まだまだ子どもだって思ってた。
でも、こうして誰かに優しく教えてもらって、ちゃんと向き合って、少しずつ前に進んでる。
それってきっと、間違ってないんだ。

夕焼けの空を見上げながら、今日子は深呼吸をひとつ。

「……がんばったな、私」

誰に聞かせるでもなく、ぽつりとこぼしたその言葉に、胸の奥がじんわりあたたかくなった。

家までの帰り道が、ちょっとだけ誇らしく感じる。
知らないうちに、大人の階段をひとつ登ったような、そんな気がした。

そしてふと、こうちゃんの顔が浮かんだ。

次会えたとき、少しだけでも成長した私を、見せられたらいいな。

そんなことを思いながら、今日子はゆっくりと歩き出した。

制服のポケットには、春香さんにもらった小さなチョコレートがひとつ。
それは甘くて、今日の終わりにぴったりのおまけだった。