やさしく、恋が戻ってくる
午後の陽ざしが傾き始めた街を、浩司はゆっくりと歩いていた。
シャツの袖を少しまくって、ポケットに手を入れる。特に急ぎ足にもならず、ただ無言のまま。

胸の奥で、今日子のエプロン姿が何度もリピートされていた。

慣れない手つきでコップを並べる姿。
笑顔で「いらっしゃいませ」と言う声。
お客に頭を下げる時、ふわりと揺れた髪。

(……ちゃんと、働いてたな)

その成長が嬉しくて、誇らしくて。
けれど、それ以上にざわついてしまった気持ちも正直だった。
「惚れるやつ、出るかもな……」

ぽつりと口にした自分の言葉に、苦笑する。
自分でも、思ったより独占欲が強いのかもしれない。

だけど、それほどまでに今日子は、誰の目にも映るほど、きれいになってきている。

「まいったな、ほんとに」

風が吹いて、髪を少し乱した。その風の向こうで、今日子の笑顔が残像のようにまた浮かぶ。

昔は、隣の小さな女の子だった。
気がつけば、こうして恋人になって。
そして今、俺の知らない世界の中で、自分の足で一歩を踏み出そうとしている。

(あいつは、もう俺の“守るべき存在”ってだけじゃない)

そばで見ていたい。
手を引いてやるだけじゃなくて、彼女が向かう未来に、自分もちゃんと隣で立ちたい。

そんな想いが、静かに心に満ちていった。

カフェでもらったレシートを、ポケットの中でそっと握りしめる。

(……また行こう)

そう決めたとき、少しだけ足取りが軽くなっていた。






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