やさしく、恋が戻ってくる
今、こうして隣で眠っているというのに、どうしてこんなにも遠く感じるのだろう。

今日子、俺は、また君に恋をしている。
けれど今の俺には、あの頃のようにまっすぐ想いを伝える自信がない。

だからせめて。
明日の朝も、君の隣で目を覚ましたい。それだけで、今夜は少しだけ救われる気がするんだ。

言葉で届かないのなら、せめて、ぬくもりで思い出してほしかった。
春の夕暮れに交わした、あの約束を。あのとき、確かに触れ合った心を。



浩司が、こうして今日子を抱きしめて眠るようになって、一週間が経とうとしていた。

今日子が拒むことは、一度もない。互いの体温をただ感じ合いながら、静かに眠るだけの夜。
それでも、そのぬくもりがあるかぎり、まだ、ふたりは終わっていないと思えた。

土曜の夜、指先で今日子の髪を撫でる。やわらかく、あたたかくて、浩司の胸の奥がじんわりと満たされていく。
そのまま、迷うように、けれど丁寧に肩へと触れ、やさしくなぞった瞬間。

「……ん……」

小さく漏れたその声に、浩司は息を止めた。こんなにも素直に反応を返してくるなんて。
愛しさが、不意に込み上げる。

そのまま、輪郭を確かめるように、手はなだらかな曲線をなぞり、やがて腰へと辿り着く。
やわらかな肌に触れるたび、浩司自身が静かに解かれていくようだった。

「……っ……ん……」

微かに震える声が、今日子の唇からこぼれる。
それは無意識の応答。
何よりも真実を告げる、甘い反応だった。

浩司はそっと目を伏せる。まるで祈るように。
今日子を慈しむ愛撫が、そこから静かに始まった。
ゆっくりと、やさしく、ただ彼女を甘やかすためだけに。
一切の急かしも欲もなく、ただ、愛のために。

月明かりの中、今日子の寝顔をそっと見つめた。
この腕の中に、また彼女が戻ってきてくれたことが、奇跡みたいに思えて、まだ実感が湧かない。

……でも、本当に、これでいいのか?

もう一度、彼女を抱きしめた。彼女は目を閉じたまま、身を預けてくる。

そのぬくもりが嬉しい反面、心の奥に小さな不安が残る。

ほんとうに、俺でよかったのか?
ほんとうに、まだ“男”として見てもらえているのか?

過去の約束のように、「婚約者にしたい」なんて強い言葉は、
もう口に出せる年齢でもない。
でも、それでも、俺は、あの頃と同じくらい、いや、それ以上に、今日子を守りたいと願ってる。

あれから、何も変わっていない気がする。
いや、少しだけ違うのは、「いつか」なんて先延ばしにできない時間が、すぐそこまで来ていることだ。
もう“言えない”理由はない。
ただ、言葉にする勇気が、失われてしまっただけ。

でもきっと、今日子は気づいてる。あのときのように、俺の胸にそっと顔を預けてくれた今夜、
このぬくもりに、ちゃんと意味があることを。
久しぶりに抱き合ったあと、今日子は俺の胸に身を預けている。
目を閉じたまま、安らいだ顔をしていて、その吐息があたたかくて、なんだか泣きたくなる。

……嬉しいはずなのに、少しだけ怖い。
このぬくもりが、また遠ざかってしまうんじゃないかと。
俺は、あのときみたいに「絶対に一緒にいる」なんてもう軽々しく言えない年齢になった。

今日子の背中に、そっと手を回す。
彼女は、今も俺の胸に身を預けてくれている。
たぶん、信じようとしてくれている。

ならば、俺はもう一度誓おう。
あの時と同じ言葉は、もう照れくさくて言えないけど。
これからも、ずっと隣にいてほしい。
俺がその場所を守るから。

そう思いながら、今日子の髪に唇を落とした。

まだ何も終わっていない。
むしろ、ここからまた始まる。
そんな夜だった。
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