やさしく、恋が戻ってくる
毎晩、こうちゃんと同じベッドに寝ている。隣にぬくもりはあるのに、どこか遠い。
背中を向けたまま、そっと目を閉じてみる。

……本当は、手を伸ばして触れたい。名前を呼んで、笑って、あの頃みたいに甘えたい。
でも怖いの。もう、あのときの“男と女”じゃなくなってるんじゃないかって。

あのキスのぬくもりは、まだ胸の奥に残ってるのに。
それなのに、今はもう、どうやって抱きしめられたらいいかさえ、わからなくなってしまった。

昔、ぐいっと腕を引かれて、隣に座らされたときの、心臓の音。
からかってるの?って聞いた私に、「……本気だよ」って返した声が、震えるくらい好きだった。

「……キス、していい?」

あんなに静かで優しいキスは、きっと、後にも先にもあれだけ。

“ちゃんと恋人になれたんだ”って、唇が触れ合うたびに、心が震えて、でも安心して.......

「ほんとに、だよ」

そう答えたあのときの私には、これからどんな未来が待っているかなんて、何もわかっていなかった。

あの頃の私たちは、キス一つで、世界が変わると思っていた。

今の私は、もうキスをすることさえ、自分から求めてはいけない気がしていた。

でも、本当は.......また、あのときみたいにこうちゃんの声が聞きたい。
「……キス、していい?」って。きっと、私はまだ、あのときのままの女の子なんだ。
好きで、触れてほしくて、でもうまく言葉にできないだけの。

眠りにつく直前、目を閉じたまま
私は、ふと“あの日”の手のぬくもりを思い出していた。

「今日子、手……出して」そう言われて、どきどきしながら差し出した手。

大きくてあたたかくて、包まれるようだった。

あのとき、浩ちゃんの手がどれだけ頼もしく感じたか。
どれだけうれしかったか。
あの瞬間、わたしの“はじめての恋”がちゃんと“叶った”って思えた。

でも、今、

すぐ隣にいるはずのその手に、もう何年も触れていない。拒んだのは私だった。
「疲れてるの」って言い訳して、距離をとったのも、私だった。

それでも、ふと思うのだ。

わたし、もう一度、あの手をつなぎたい。

昔みたいに、ただ手を差し出せば、浩ちゃんは包んでくれるだろうか。
いや、あの頃と違って、今は“女としての自信”がない。彼にとって私は、もう“妻”であって、“恋人”ではないのかもしれない。

それでも、
「彼氏ポジションだから」って、照れながら言ってくれた彼の声が、今もどこかで、私を励ましている気がする。
だから。もし、あの人がもう一度、手を伸ばしてくれるのなら、今度は、ためらわずに応えたい。
< 39 / 52 >

この作品をシェア

pagetop