あのね、先生
episode17. 続きは君の隣で🧁
先生の隣に座ると、
外より少しひんやりした空気の中で、
紙コップから甘い匂いがほのかに香った。
ふとその横顔を見る。
さっきまでの楽しそうな笑顔とは少し違う、
落ち着いた表情を浮かべていた。
「さっきはありがとうございます……」
美沙さんに付けられたカチューシャを
握りながらぽつりと言う。
「やっぱりあれ、普通に恥ずかしいな」
向けられた笑顔は、思っていたより柔らかくて、
心臓が一瞬跳ねた。
「……まさか、あんな罰ゲームだとは思いませんでした……」
俯きながら言うと、先生は軽く肩をすくめた。
「まぁ、でも楽しかったよ。 社会人になると、あんな学生みたいなことって、なかなかしないしな」
先生もやっぱり、
学生の頃に戻った感覚だったのかな。
だからあんなに楽しそうに——
「三崎さんが一緒だったからかも」
その一瞬、息を忘れる。
「え……?」
「なんか、最近よく思うんだよね」
先生は、スマホをポケットにしまいながら続けた。
「前は、“ちゃんと教えなきゃ”ってそればっかり思ってた。けど最近は、生徒と同じ時間を過ごす中で、自分も気づかされたり、教えられたりして」
その視線がまっすぐ私に向く。
「そうやって誰かと何かを共有するのが、普通に楽しいなって思うことが増えてきて」
「それって——」
思わず口を開く。
けど、言葉が続かなくて。
少しだけ唇を噛んだ。
「三崎さんって時々、何か言いかけてやめるよね」
「……えっ」
見抜かれていたことに、思わず目を見開く。
「話したそうなのに、その先を言わないというか……」
そう言うと、
先生は少しだけ考えるように間を置いた。
「俺には、言いたいけど、それを我慢しているように見える」
——図星だった。
いつも言いたくて、言えない。
だから諦めて、誤魔化して。
「……先生って、すごく優しいですよね」
「え?」
「生徒のこと、ちゃんと見てるし、私のこともいつも気にかけてくれていて」
先生は少し驚くように私を見て、
それから視線を逸らした。
「三崎さんが頑張ってるからだよ。頑張ってるとつい、応援したくなるでしょ」
その目が、静かに細められる。
「……一生懸命だなって、思ってる。最初の頃より、すごく成長したなって」
その言葉は不思議なくらい、
心の奥にすっと染み込んだ。
「先生にそう言ってもらえると……すごく、嬉しいです」
そう言って、視線を落とした時——
ポンッと軽く頭に手が触れた。
「……今日も、よく頑張ってた」
フリーズしそうになった。
私の頭も心臓も。
ゆっくりと顔を上げると、
そこには少しいたずらっぽい笑みがあった。
「お題、何かわからなくて、ごめんね……?」
「……!」
その言葉を聞いて、思った。
やっぱり、わざと答えなかっただけだと。
「でも、あのジェスチャー良かったよ」
「それは……っ」
「ん?」
「……からかわないでください!!」
先生の笑い声が静かな部屋に響く。
そして次の瞬間。
「可愛かったよ」
さらりと言われた言葉に、顔が熱くなる。
”可愛かった”じゃなくて、
”面白い顔だった”って
——本当はそう思ってるんでしょ?
「……先生、ひどい」
でも。
からかって言っているだけと
わかってるのに、嬉しい自分がいた。
きっと、こんな風に
一緒に話せる時間はそう多くない。
膝に置いたカチューシャを見る。
——全部、美沙さんに感謝だな。
今こうして隣にいる距離と同じくらい、
心の距離も近づいた気がした。
ーーー