あのね、先生

episode18. 春香るブラックコーヒー🍂



楽しかった時間の余韻を
引きずりながらも、
季節は冬の訪れを告げていた。

吹きつける風は冷たく、
吐く息が白くなる。


「さむ……」


授業後の帰り道、
駅まで歩く間だけでも、あったかいものが欲しい。

そう思った私は、
来た道を引き返し、
近くの自販機に向かった。


——コトン。


何かが落ちる音がした。



顔を上げると、
リュックを背負った先生が自販機の前に立っていた。



「えっ、先生……?」


思わず声をかける。


「……ああ、おつかれさま」



先生は軽く微笑んで、

缶コーヒーを”プシュッ”と開けた。


「寒くてさ。あったかいものでも飲もうと思って」



そう言った先生の息が、白く揺れる。
手にしているのは、相変わらずのブラックコーヒー。



「そうだったんですね。私も飲み物買おうと思って……」



言った瞬間、強い風が吹きつけた。
身体が震える。

その時、先生の視線が私の格好に流れた。



「三崎さん、その格好で寒くない?」

「……服装、間違えました」



今日の私は、ワンピースに
薄いジャケットを羽織っているだけ。

夜の冷え込みを甘く見ていた。



「今朝、バタバタしてて……」



ぶつぶつ言い訳していると、

先生は缶コーヒーを脇に置いた。



そして、私の方へそっと手を伸ばした。





——え?




気づけば、息がかかるほど近い。

瞬きもできないまま、ただ立ち尽くす。



すると——

首元がふわっと温もりに包まれた。



「あ……」



ふいに巻かれたマフラー。

心臓が静かに音を立てる。




「これ、貸すよ。家ちょっと遠いでしょ?」



先生の声と、

ふわっと香るあの匂い——



それは、紅葉を見た公園の時と同じだった。



「でも、先生の……」

「大丈夫。風邪引く方が困るし」



結び目を整える指先は、少しだけ冷たい。

けれどその手はすぐに離れた。



「じゃあ、また」



コーヒーを飲み干した先生は、

視線を合わせないまま、背中を向けて去っていった。



行っちゃった……



マフラーの端を、指先でぎゅっと掴む。

先生の体温がまだほのかに感じられた。



今日の先生はいつもより静かで、

距離は近いはずなのに、どこか違和感が残った。



「……あ、飲み物」



自販機に買いに来たことを思い出し、

いつものホットココアを買おうと指を伸ばす。




「……」




ボタンを押そうとする手が、一瞬止まる。



……やっぱり私も、ブラックにしようかな。



少し迷ったけれど、先生と同じボタンを押した。




なんとなく、同じものを飲んだら

先生の気持ちがわかる気がしたから。




缶を開けて、一口飲む。



「苦い、けど——」



ほんの少しだけ、

春が香ったような気がした。




ーーー
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