あのね、先生
─第2章─ 淡い灯が消えるまで
episode20. 遠のく距離☁️
借りていたマフラーを、紙袋に入れてきた。
今日こそ返さなきゃ。
そう思って、意気込んできた。
けど——
最近の先生は、
なんだか少し よそよそしい気がする。
目が合う回数も、言葉のトーンも、
どこか少しだけ“壁”を感じる。
「三崎さん、ここ 'have been' じゃなくて 'had been' ね」
「あ、はい……」
教え方はいつも通りわかりやすい。
でも今の先生は、
あのときとは少し違って見えていた。
——いや。違うのは、私の方かもしれない。
私ばかりが、
意識してしまっているのかな。
「……ありがとうございました」
授業後、お礼を言うと先生はわずかに笑った。
でもその笑顔も、なんだか少しぎこちなく見えて。
その時、先生が視線を落として言った。
「次回からは、しばらく違う先生が担当するから」
え………?
思わぬ一言に手が止まった。
だけど、理由は聞けなかった。
「……気をつけて帰ってね」
そう言った先生は、いつもより早く教室を出て行った。
***
紙袋を抱えながら、
ふと自販機の前で足を止める。
あの夜より、少し冷たい風が吹いた。
近づいた気がしていたその距離は、
思っていたよりも——遠かったのかもしれない。
何かを振りほどかれたような、
そんな距離感で。
***
一週間後。
「み、三崎さん……この、ゆ、『used to』はですね……その、つまり……」
そう言いながら授業を進めていたのは、
今日から私の担当になった代理講師だった。
ぱっつん前髪にメガネ。
少し猫背でひょろっとした細身。
パッと見て陰キャ……
いや、陰の気配を感じる人だった。
声は小さく、緊張からなのかどもりながら喋っている。
そして、常に何かを慌てているようなソワソワ感があった。
落ち着いた態度で
はっきりものを言うタイプの先生とは正反対——
そんな印象だった。
名前はたしか——牧村先生。
先生とは同期らしい。
「で、では、この単語を……み、三崎さん……」
テンポも授業の雰囲気も、まるで違う。
先生、”しばらく”って言ってたけど、
いつまでお休みなんだろう。
「み、み、三崎さん……!?」
「へぇっ……?」
先生がいなくなってからの私は、
授業を受けていても、どこか上の空だった。
”牧村”先生って、
なんとなくマッシュみたいな髪型も相まって
”マシュー”っぽいよなぁ……
なんてことばかり、私は考えていた。
——私はまだ、
先生のマフラーを返せていない。
***