あのね、先生
episode24. その先にあるもの☂️
——ドンッ。
誰かにぶつかった。
「わっ……!」
ぶつかった衝撃で、尻もちをつく。
私は何がなんだかわからないまま、
その顔を見上げる事もなく、濡れてしまったカバンを拾おうとした。
「……三崎さん!?」
その声を聞いた途端、手が止まる。
白い雪がひらひらと舞う中、
私の前に立っていたのは——先生だった。
「せ、せんせい……!」
息が切れて、胸が苦しくて。
それでもその顔を見た瞬間、
涙がぶわっとこみ上げてきて、 先生の顔が見えなくなった。
先生は膝をつき、差していた傘にこちらに傾ける。
私の震える肩に触れながら必死に顔を覗き込んできた。
「大丈夫?何かあったの?」
「だ、誰かに……つけられて……!」
少しだけ取り乱した声で言うと、
先生は辺りを確認するように見渡す。
その時、ふっと私が出てきた暗い路地の方向に
視線を向けた先生の目が、少しだけ細まった気がした。
けれど、パニックになっている私を見て
すぐに表情を和らげると、落ち着いた声で言った。
「……まずは、人の多い方に行こう」
先生は私の手を握って、
すぐ近くの人気の多い場所まで導いてくれた。
温かい灯り、人の声、店のざわめき——
やっと、安心できる場所にたどり着いた。
ベンチに腰を下ろすと、ようやく呼吸が整ってきた。
「……落ち着いた?」
その声は、いつもより少し低くて、でも優しくて。
私は頷いたけれど、手はまだ震えていた。
「……なにがあったんだ」
先生が静かに聞く。
私は少ししてから、あの手紙のことを話した。
「……4日ほど前、黒い手紙が届いたんです」
「黒い手紙……?」
「はい……。けど、宛先も差出人も書いてなくて」
私は、先生にすべて話した。
手紙に書かれていた4行の内容。
美沙さんやマシューにも、
誰にも言っていなかったこと。
毎日、怖くて怯えていたこと。
すると先生は、静かに深いため息をついた。
「……なんで言わなかったんだよ」
「……え?」
「何かあったなら、誰かに相談するべきだろ。どうして一人で……」
落ち着いた声だった。けど、
傘を握る手がわずかに震えているのを見たら、
怒っているのはすぐにわかった。
「……ごめんなさい。迷惑、かけたくなかったから……」
遅れてきた安堵なのか、 先生に会えた嬉しさなのか、
今頃になって涙がこぼれる。
先生は、はっと驚くような顔を一瞬見せた後、
何かを言いかけて、やめた。
そして——
パサッ。
傘が静かに地面に落ちた瞬間、
その腕に強く引き寄せられた。
気づけばその腕の中で、
先生の温もりに、今までで一番近く触れていた。
「はぁ……。何もなくて、よかった」
深いため息とともに溢れた一言は、
小さくて、でも誰よりも、
私を心配してくれている証だと思う。
地面に落ちた傘に、雪が静かに積もっていく。
ベンチを照らす街灯は、
私たちを優しく包み込むように
オレンジの光を灯す。
私は泣きながらもう一度、
「ごめんなさい」と言って
その肩にそっと顔を埋めた。
先生の温かい体温。
コート越しに伝わる、ドク、ドク、という
少し速い心臓の音。
それは冷え切った心を
溶かしてくれるような安心感があって。
——今、ようやく安心できた気がした。
私はその温もりの中で
しばらく泣いていた。
ーーー