あのね、先生
episode5. ときめきの始まり🌊
春のモヤモヤを抱えたまま
季節だけがゆっくりと進んでいき
あっという間に夏がきた。
「……大丈夫?」
「は、はい……」
みんなが海ではしゃぐのを前に、
泳ぐのが苦手な私は波打ち際で立ち尽くしていた。
そう。
私は英会話スクールの夏イベントで海へ来ていた。
「無理しない方がいいよ」
先生は私の隣に立ち、
そう優しく声をかけてくれた。
——あの日、
先生と一緒に歩いていたのは、妹と姪っ子だった。
でも、
彼女、いるんですか?
なんて、やっぱり聞けるわけもなくて。
知りたい答えは、
今もわからないままだ。
……けど、まずは。
今日のイベントを楽しまなくちゃ。
日焼け止めでも塗って——
そう思い、バッグの中を探る。
……ん?
そこで、私は重大なことに気づく。
「……日焼け止め入れるの忘れてた!」
つい、心の声が漏れる。
すると、横に座っていた先生が、
自分のものを差し出した。
「貸そうか?」
間接的に触れる指先に、心臓が跳ねる。
「あ、ありがとうございます……」
視線を合わせられず、
日焼け止めを見つめたまま礼を言う。
少しだけ手の甲に出した
日焼け止めのクリーム。
その一回分を今日一日、
大切に使おうと思った。
***
イベントが終わり、
海から帰ろうとしていたときだった。
近くに貼ってあったポスターが、
ふと目に入る。
——花火大会。
花火かぁ……
今年はまだ、一度も見てないし、ちょっと見たいな。
ポスターをじっと見ていると、
先生が隣に来た。
「花火大会、この近くで今日やるんだ?」
「そ、そうみたいです」
「いいね、花火」
「いいですね……花火」
「……」
もしかして今、私が行きたいアピールをしている!?
ポスターの前に突っ立って、察してほしいみたいじゃない!?
短い沈黙の後、
うつむく私に先生が言った。
「花火大会、ちょっと行ってみる? ここから近いみたいだし」
え……?
………うそ!!!
頬が一気に熱くなる。
嬉しさと、驚きと、恥ずかしさと。
それでも私は、小さく頷いた。
***
花火大会に行くことになった私は、
隣に並んで歩くのが気恥ずかしくて、
先生の少しだけ後ろを歩いていた。
辺りはすっかり暗く、夜風に吹かれた
屋台の灯りがきらきらと揺らめいている。
そして、気づけば花火大会の時間。
辺りは人で溢れていた。
「近くに行ってみようか」
その背中に続くように、人混みの中を進む。
ようやく隣に立つと、最初の花火が上がった。
先生の手と私の手が、
たまに触れそうになる。
花火の音に紛れて、
自分の鼓動が大きくなっていくのがわかる。
その時、人に押されそうになった。
「わっ……!」
思わず先生の手を、掴んでしまった。
思っていたより大きくて、
しっかりとした手に、
”男の人の手なんだ”と、
変に意識してしまう。
「……大丈夫?」
見下ろす視線に、慌てて手を離す。
「すっ、すみません!!」
その瞬間、先生が夜空を見上げた。
「あ、上がった」
つられて空を見上げた瞬間——
ド———ン。
大きな花火が、夜空いっぱいに広がった。
「……すごいな」
ぽつりと零した、
その横顔を見てふと思う。
……どうして、先生は私と
ここに来てくれたんだろう。
もし私が、花火大会のポスターを
見つけていなかったら、
今ここに、一緒にいないのかな。
「……どうかした?具合悪い?」
「い、いえ……」
そういうとこだよ。
先生が優しいから。
生徒だから優しいだけだって
わかってる。
けど、いつだって……
私に優しくて、気にしてくれるから——
ヒュ———。
「お、一番でかいやつが来るか?」
だから。
だから、私が勘違いするんじゃん。
”ド——————ン”。
その横顔を、
夜空に舞い上がった光が照らした。
——私、先生のことが好きなんだ。
わかってはいたけど、はっきりと自覚した。
ーーー