あのね、先生
episode6. 告白未遂🎆
花火大会の帰り道。
先生と二人、並んで歩く。
夜風が心地よく、
少し火照った頬を冷ましてくれた。
”いま、先生が隣にいる”
そのことを意識するだけで、胸がざわめいた。
「……あの」
今なら言えるかもしれない。
なんとなく、静かに吹く夜風が
私の背中を後押ししている気がした。
ずっと伝えたかった
10年前の想いを——。
「先せ……」
言いかけた瞬間。
「あ、射的あるじゃん」
先生はふと足を止めて言った。
……え?
その一言が、
一瞬にして私の緊張を解いた。
「ふっ……」
なんだか拍子抜けして、笑ってしまう。
先生もそれにつられるようにして笑った。
「なんで笑うんだよ」
「すみません……先生、得意なんですか?」
「いや、最後にやったの小学生のときとかだけど」
言いながらも、すぐに
射的用の銃を手に取り、狙いを定めた。
「これにしよう」
そう言うと先生は、
見事に景品の一つを倒した。
「はい」
差し出されたのは、
ぬいぐるみのキーホルダー。
ふわふわした耳に、とろんとした目。
どこか気の抜けたそのウサギは、癒される顔をしていた。
「……私に?」
「うん。なんとなく、三崎さんに似てるし?」
「似てました!?」
「授業のあととか、たまにぼーっとしてるとき、こんな顔してるよ」
「そ、そんな顔してないです……!」
「いや、してるって」
先生は笑いながら、
その”眠たげウサギ”を、私の手のひらにちょこんと乗せる。
それは、
どこか照れたような顔をしていて——
まるで今の私を写しているみたいだった。
「でも、ありがとうございます……大事にします」
私は、眠たげウサギをぎゅっと握りしめた。
***
屋台の灯りとともに
賑やかな音が次第に遠ざかる。
夜の空気は、少しだけ湿っていた。
雨降って来そう……
そう思った時。
”ポツ、ポツ……”
「……雨?」
降り出した雨は、
あっという間に本降りになった。
「やば、降ってきた」
「昼間はあんなに天気良かったのに……どうしよう」
「あそこの神社。屋根あるし、ちょっと雨宿りしよう」
先生が見つけてくれた
小さな神社に、ふたりで駆け込む。
人影のない境内には、
雨音だけが静かに響いていた。
「濡れたなー……三崎さん、大丈夫?」
「なんとか……」
肩と肩が
触れそうなほど近い。
濡れたことよりも、
この距離の方が
気になって仕方がなかった。
神社の灯が
私たちの足元を薄暗く照らす。
私たちの中に流れる沈黙が、
私に、本当の気持ちを話すタイミングだと
言っているように思えた。
——今なら、話せる。
さっき言いそびれた、あの気持ちを。
先生を見た瞬間、
視線が合う。
けれど、その視線はすぐに
空へと流れた。
逸らされた……ような気がした。
「雨、止んだな」
先生が私に背中を向けるようにして
立ちあがる。
「今のうちに帰るか」
その言葉に促されるように、
私たちは駅へと歩き出した。
——言えなかった。
先生は
いつも通り笑っていて
いつも通り優しい。
それなのに。
その“いつも通り”が、
以前よりも少しだけ
遠く感じる。
視線の先に、駅が見える。
胸の奥に残るのは、
伝えられなかった言葉と、
小さな痛み。
それでも、
先生と歩くこの時間が
もう少しだけ続いてほしいと
願っている自分がいた。
……ただ、
この恋は、きっと叶わない。
そう思ってしまったことが、
いま、少しだけ
苦しかった。
ーーー