あのね、先生
episode7. 揺れる想い🌿
あの花火大会の夜から
先生の顔がふとした瞬間に浮かんでしまう。
もし、あのとき言えていたら
先生は、なんて答えてくれたの?
答えのない問いが
胸の奥でぐるぐると渦巻いていた。
「……はぁ」
ひとり、ベッドの上で小さく息をつく。
枕元に置いていた眠たげウサギを手に取ると、
うるうるとした瞳でこちらを見つめてくる。
「……なんで、言えなかったんだろう……」
明日は授業なのに。
そんなことを考えながら、
いつの間にか眠っていた。
***
翌日。
英会話スクールへ向かう足取りは
いつもと同じはずなのに
どこか落ち着かない。
あの夜のこと、先生はどう思ってるだろう。
なんとも思ってないのかな……?
そう考えると、会うのは少し怖かった。
教室の前で立ち止まる。
この扉の向こうには、
いつもと変わらない先生がいるはずなのに。
「……ふぅ」
深呼吸をし、
教室の扉を開けた。
すると、そこには———
「あぁ、来た来た」
いつも通りの声で言う先生の隣に、
知らない女性が座っていた。
女性が私の方を振り向き、言う。
「……新しい人?」
茶髪のショートヘア。
耳元で小さく光るピアス。
指先では艶のある赤のネイルが、
強く主張している。
その女性は、
私よりもずっと大人っぽい雰囲気だった。
「……」
驚きを隠せず、会釈だけで返す。
視線を感じつつ、いつもの席に着くと、
女性が声のトーンを跳ね上げて言った。
「あっ、もしかして……先生の彼女?」
なんでだよ……!!
心の中で思わず突っ込む。
今の私に、その言葉は想像以上に重く響いた。
先生が笑いながら返す。
「生徒に決まってるだろ?」
——”生徒に決まってる”。
当たり前のはずの言葉が、
どうしてこんなにも胸に刺さるのか
自分でも分からなかった。
「あ、三崎さん。こちらは——」
「長田 美沙です」
「……三崎 柚葉です」
「普段は別の時間帯なんだけど、今日は時間が合わなくて一緒なんだ。悪い奴ではないから、そんなに警戒しなくてもいいよ」
「何その言い方〜」
美沙さんが笑いながら、先生の腕を小突く。
談笑する二人を見ていると、
私よりも、美沙さんのほうがずっと、
先生と近いところにいるように見えた。
”お似合いの二人”。
そんな言葉がすぐに頭に浮かんだ。
ただ授業を受けに来ただけなのに——
この空間にいると自分だけが、
少し場違いな気がして。
……でも、心のどこかで、
”今日は先生とふたりじゃなくて良かった”
そんな風に思っている自分もいた。
近づきたいのに、
近づくのが、少し怖かった。
だから、
少しでも、距離を取っていたかったのかもしれない。
「三崎さん?」
先生が、その場で俯いていた私を
覗き込むように見た。
「大丈夫?」
「あっ……はい」
「年も近いことだし、仲良くしてあげて?」
和かに言う先生の隣で、
美沙さんが小さく手を振る。
「よろしく〜」
「……よろしくお願いします」
私は、そう小さく言った。
***
授業は、
いつもと変わらない雰囲気だった。
先生の声も、説明の仕方も、
前回までと同じ。
ただ、なぜか
少しだけ距離を感じる。
——気づけば、授業は終わっていた。
……今日はもう、早く帰ろう。
そう思い、席を立った瞬間。
「ねぇ、せっかくだしご飯行かない?」
ふと隣に来た美沙さんが言った。
——ご飯?
………私、いま誘われてる!?
まさか、
声を掛けてもらえるとは思っていなくて
——嬉しかった。
「いいんですか……?」
思わず聞き返すと、美沙さんの口角が上がった。
「もちろん。嫌じゃなければ、だけど」
「い、行きたいです……!」
初めて会ったその日。
私は、美沙さんに、食事に誘われた。
ーーー