あのね、先生

episode9. 小さな誓い🍀


彼女は、
ただの生徒なんだろうか———


「どうしてそんなに先生のこと、わかるんですか?」


気づけば、その疑問が口をついていた。


……聞いてしまった。

本当に、聞いてよかったんだろうか。


すると、少し間を置いてから、
美沙さんは静かに言った。


「あたしさ、実はもう、二年くらい先生にお世話になってるんだよね。 
長く通ってるのもあって、ついつい距離感近くなっちゃってさ」


……二年。


その重みがちくりと胸に刺さる。



私も塾に通っていた頃は、

今よりもっと先生と近かった。



なのに今は、あの頃のように近づける気がしない。



「近々、海外で仕事したいと思ってるんだよね。そのために学んでるって感じかな?」



ストローをくるくると回す美沙さんが言う。



「でもさ。彼氏が、海外なんて行くなーってうるさくて」



——え。 ”彼氏”?



「み、美沙さん、彼氏いるんですか……?」



「あ、そうそう。一年くらい同棲してる彼氏がいるんだけど、全然家事とかなんもやってくれなくて——」



”彼氏”の登場に、驚きながらも

その事実に少しだけ、ほっとしてしまう自分がいた。



でも、そうだよね……

美人だし、しっかりしてるし、
もうとっくに結婚していてもおかしくないくらいの人。



なら、先生にも———

いたりするのかな。



私、何も先生に聞いていないな。

なのに勝手に浮ついて、やっぱり”好きだ”なんて……



急にふとした不安が
胸の奥から湧き上がってきた。



「あ、なんか自分の話ばっかりしちゃったね……ごめん」

「いえ、そんなことないです。 彼氏さんのこと、嬉しそうに話す美沙さん見てたら微笑ましくて」


その時、ふと思う。


あ……

私も先生と話すとき、あんなふうに嬉しそうな顔で話してるのかな。


”見てたらわかるよ”

”話しかけられる時も嬉しそうだしね”


言われた言葉が(よみがえ)ってくる。


「……でも今の美沙さん、なんだか楽しそうで……よかったです」

「え〜、全然楽しくないよ!何もやってくれなくて困ってるんだから」


そう言いながらも、やっぱりどこか嬉しそうだった。


「彼氏と先生が同い年でさ〜。あ、だから余計に先生との距離感、バグってるのかも」


そう笑いながら美沙さんは続けた。


「ま、先生と話すのも楽しいしね? あたし、思ったことすぐ口にしちゃうタイプだけど、先生は聞いたらちゃんと教えてくれるからさ」

「そう、なんですね……」


———聞けば、教えてくれる。


知らなかった。

私、全然わかってない。先生のこと。



鈍感な人とか、聞いたら色々話してくれるとか、

先生のこと、美沙さんみたいにちゃんと知ろうとしてなかった。



——いや、知ってしまうことを恐れて、

ちゃんと向き合えていなかったのかもしれない。



今でも本当は、


知ってしまうことが、
知られてしまうことが、
今の関係が壊れてしまうことが、


怖い。



……でも。



「だから、柚葉も知りたいことがあるなら、自分から”教えてください!”って気持ちを全面に出さないと!怖がってちゃダメだよ!」



言われた瞬間、身がきゅっと引き締まる。



逃げているばかりじゃダメだ。



その時、手が力強く掴まれた。



「好きな人の、知りたいことは自分から聞かないと!!」



その言葉が、まっすぐ胸に落ちる。

そして、思った。



先生のこと、もっと知りたい。



たとえ、知った先にどんな結果が待っていても。

ちゃんと、先生に向き合いたい。



「はい……!」



返事をすると、美沙さんは優しく微笑んだ。



「……あたしは応援するよ、柚葉の恋」



——”私の恋”。



心の中で呟くと、胸の奥が高鳴った。

きらきらとしたものが溢れ出るように。



「ま、先生もいま、彼女いないらしいし?」



美沙さんが、小さな声でつぶやいたのを、
私は聞き逃せなかった。


「……え?」


思わず聞き返すと、
美沙さんは、付け加えるように言う。


「前にそんな話を聞いただけ」


けれど、確かに聞いた。


ずっと自分の中にあった霧が
少しだけ晴れた気がした。




”私の恋”は無駄ではないってこと———?




「じゃあ、そろそろ時間も遅いし行くか!」

「は、はい!」


***


———先生のことが好き。


そう人に打ち明けたのは、初めてだった。


それは、自分から”打ち明けた”と言うよりも

”バレてしまった”に近い形でだけど、



そのことを知ってくれたのが、美沙さんで良かったと思う。



駅へ向かう途中、私は立ち止まった。



「……美沙さん。ありがとうございます」

「ん?なにが?」



応援してくれる人がいる。

そう思うだけで、心強くて胸がじんわりと温かかった。



「応援するって言ってくれて嬉しかったです」

「当たり前じゃん」



そう笑う横顔が頼もしい。


今日、少しだけ、

自分を信じてみようと思えた。



「私、頑張ります……!」



そう誓った、夏の夜。



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