俺様な忠犬くんはご主人様にひたすら恋をする
入社して三年目の春。
会社がアメリカのIT企業を買収し、急きょ出向の話が持ち上がった。

その大きなプロジェクトの責任者に選ばれたのが、藤堂だった。

いつものように、彼のマンションで夕飯を作っていた夜のこと。
「一緒に、来てほしい」
ふいにそう言われた。
包丁を持つ手が止まった。

「会社、辞めてさ。俺と一緒にアメリカで暮らさない?」

思わず、笑ってしまった。

「環は、そういうこと、簡単に言うね」

「簡単じゃない。真剣だよ。お前がいないと、俺、無理だと思う」

でも。
私は、どうしてもその一言が言えなかった。

「私は行かない。仕事、続けたいから」
たったそれだけだった。

あの日の藤堂の顔が、今でも忘れられない。
驚きと、戸惑いと、悔しさと、諦めが、入り混じった表情。

それが、すべてだった。

最後に交わしたキスは、味がしなかった。
「じゃあな」
そう言って出て行った背中を、私は追いかけなかった。
< 44 / 89 >

この作品をシェア

pagetop