桜の記憶
第34話 桜の香り、客の笑顔
翌日、桜月庵の店先には、白木の菓子台の中央に「桜薫」が並んだ。淡い桜色の生地と、花びらを添えた可憐な姿は、通りかかった人々の足を自然と止めさせる。
「これ、新作ですか?」
最初に声をかけてきたのは、常連の老夫婦だった。
梢が笑顔で
「季節限定の桜薫です。去年も人気だったのですが、今年は少し配合を変えて、より香り豊かになりました」
と説明すると、二人は興味深そうにうなずき、一つずつ注文した。
作業場から様子を見守っていた美咲は、老夫婦が一口食べた瞬間の表情を見逃さなかった。
驚きから、ゆっくりとほころぶ笑顔へ。
「桜の香りがふんわりと広がって……うまいねえ」
その声に、美咲は思わず胸を押さえた。
昼前には、近くの小学校の先生や、観光客も次々と足を止める。
「SNSで見て来たんです!」
と話す若い女性客もいて、桜薫は昼過ぎには完売した。
奥で帳簿をつけていた椿が、珍しく作業場まで来て、美咲に声をかけた。
「見たかい、あの顔。あんたの桜薫が、みんなを春に連れていった」
その言葉に、美咲は少し目頭が熱くなった。
悠人も近づき、作業台に手を置きながら言う。
「次は、もっと数を増やそう。きっと遠くからも買いに来る人がいる」
その瞳には、職人としての誇りと、美咲への信頼が宿っていた。
夕方、店じまいの後、椿が桜の花柄の小皿を手渡してきた。
「これは春香が使っていた試作品用の皿だよ。あんたが次の菓子を作るときに、使ってごらん」
小皿を見つめる美咲の胸に、春香、椿、悠人──そして桜月庵のすべての温もりが重なった。
この場所で、自分も何かを咲かせられる。そう強く思えた。
「これ、新作ですか?」
最初に声をかけてきたのは、常連の老夫婦だった。
梢が笑顔で
「季節限定の桜薫です。去年も人気だったのですが、今年は少し配合を変えて、より香り豊かになりました」
と説明すると、二人は興味深そうにうなずき、一つずつ注文した。
作業場から様子を見守っていた美咲は、老夫婦が一口食べた瞬間の表情を見逃さなかった。
驚きから、ゆっくりとほころぶ笑顔へ。
「桜の香りがふんわりと広がって……うまいねえ」
その声に、美咲は思わず胸を押さえた。
昼前には、近くの小学校の先生や、観光客も次々と足を止める。
「SNSで見て来たんです!」
と話す若い女性客もいて、桜薫は昼過ぎには完売した。
奥で帳簿をつけていた椿が、珍しく作業場まで来て、美咲に声をかけた。
「見たかい、あの顔。あんたの桜薫が、みんなを春に連れていった」
その言葉に、美咲は少し目頭が熱くなった。
悠人も近づき、作業台に手を置きながら言う。
「次は、もっと数を増やそう。きっと遠くからも買いに来る人がいる」
その瞳には、職人としての誇りと、美咲への信頼が宿っていた。
夕方、店じまいの後、椿が桜の花柄の小皿を手渡してきた。
「これは春香が使っていた試作品用の皿だよ。あんたが次の菓子を作るときに、使ってごらん」
小皿を見つめる美咲の胸に、春香、椿、悠人──そして桜月庵のすべての温もりが重なった。
この場所で、自分も何かを咲かせられる。そう強く思えた。