秘めた恋は、焔よりも深く。
車に乗り込むと、ドアが静かに閉まり、外のざわめきは遠ざかった。
龍之介はハンドルを握りながらも、もう一方の手で美咲の手を離さない。
その掌の温もりを確かめるように、強すぎず、けれど確かに包み込んでいた。

深く息を吐き、低い声でつぶやく。
「……ようやく会えた。……無事な顔を見られて、やっと落ち着いた」

視線は前を向いているのに、言葉のすべては彼女へと注がれている。
車内の灯りの下、横顔には安堵の影と、まだ残る焦燥の色が混ざっていた。

「夕飯は、食べたか?」

「いえ、まだです」

「……何か、食べていくか?」

少し考えて、美咲は首を横に振った。
「それでもいいけど……着物ですから。テイクアウトのほうが、いいです」

龍之介の口元が、わずかに綻んだ。
「そうか。……じゃあ、美咲の好きなものを買って帰ろう」

ハンドルを握る横顔に、柔らかな光が差す。
ふと、視線を彼女に向けて。

「……着物姿、すごくきれいだ」
低く抑えた声なのに、誤魔化しのない熱がこもっていた。
美咲は思わずうつむき、頬にほのかな赤みが広がる。
それでも握られた手は離れず、掌から伝わる温もりに、心臓が静かに高鳴っていった。

夜の街を抜ける車は、やがて幹線道路沿いの明かりに包まれた。
龍之介がハンドルを切り、赤い看板の下へと車を滑り込ませる。
「……牛丼はどうだ?」
横顔に微笑を浮かべながら問いかける龍之介。

「ええ、もちろん。むしろ、久しぶりで楽しみです」
美咲は着物の袖をそっと整えながらうなずいた。
ホテルの華やかな宴のあとに訪れた庶民的なドライブスルーの光景が、どこか新鮮でおかしく、思わず笑みがこぼれる。

スピーカーから聞き慣れた声が響いた。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」

龍之介がちらりと美咲に目をやる。
「何がいい?」

「……そうですね。牛丼を並で。あと、卵もつけてください」

「飲み物は?」
「お味噌汁が欲しいです」

彼は即座に注文を伝え、支払いも慣れた所作で済ませた。
その間も、左手は美咲の手をしっかりと包み込んだまま離さない。

やがて手渡された袋から漂う、甘辛いタレの香り。
「……ふふ、いい匂いですね」
美咲が微笑むと、龍之介も目を細めた。

夜風に当たりながら駐車場を抜け、美咲のマンションにたどり着く。
袋の中からは、甘辛いタレの香りがふんわり漂っていた。

「どうぞ……」
玄関のドアを開け、美咲が灯りをともす。
着物姿のまま草履を脱ぎ、両手でそっと揃えて端に置いた。
その所作は静かで美しく、どこか凛とした気配を漂わせている。

龍之介はスーツ姿のまま立ち止まり、その姿をしばし見つめた。
「……やっぱり、君の仕草は目を奪うな」

低くつぶやく声に、美咲は頬を染め、振り返る。
「そんなこと……」
控えめに笑うと、草履を揃えた足元から漂う気品が、さらに彼の胸を熱くしていく。
「やっと二人きりになれたな」
龍之介はそう言いながら、彼女を追うように中へ足を踏み入れた。

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