秘めた恋は、焔よりも深く。
美咲は寝室に駆け込むと、帯を解き、着物を丁寧に脱いだ。
姿見の前に立ち、ふと肩口に視線を落とす。
そこには赤く熱を帯びた痕が残っていた。
「……っ」
指先でそっと触れると、ひりりとした痛みとともに、先ほど耳元で囁かれた声が鮮やかに甦る。
俺のものだ。
羞恥と、胸の奥に広がる熱が入り混じり、美咲は鏡から目を逸らした。
控えめな部屋着に着替えながらも、肩の痕が意識から離れない。
一方その頃、リビングでは。
龍之介が背広の上着を椅子に掛け、ネクタイを緩めて外す。
シャツの袖を軽くまくると、キッチンに立ち、吉牛のパックと味噌汁を温め始めていた。
電子レンジの音が小さく響く。
着替えを終えた美咲がリビングに戻ると、テーブルにはすでに牛丼と湯気の立つ味噌汁が並べられていた。
龍之介はシャツの袖をまくったまま、箸を揃え、彼女の帰りを待っていた。
「……準備してくださったんですね」
美咲は少し驚き、そして胸が温かくなる。
彼は立ち上がり、当然のように椅子を引いた。
「座って」
美咲が戸惑いながら腰を下ろすと、龍之介も向かいに腰を下ろし、ゆるやかな笑みを浮かべた。
「……さあ、食べよう」
二人で手を合わせる。
「いただきます」
ふわりと漂う甘辛い香りに、美咲は思わず微笑んだ。
箸を取り、口に運ぶと、熱々の牛肉とご飯が心地よく広がっていく。
「……おいしい」
小さく零した言葉に、龍之介の目がやわらかく細まった。
「そうか。……よかったな」
自分も箸を取り、ひと口頬張る。
「俺も久しぶりの牛丼だ」
ふたりの間に、穏やかな笑みが広がった。
派手な料理ではないのに、この小さな食卓が、なによりも贅沢に思えた。
牛丼をひと口食べ終えたところで、龍之介がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……何のパーティーだったんだ?」
美咲は箸を置き、湯気の立つ味噌汁を軽く口にしてから答える。
「茶道の先生の還暦のお祝いです。私は弟子のひとりとして、お手伝いをしていたんです」
少し微笑みながら続ける。
「先生のお顔が広いので……受付や来賓のご案内に天手古舞でして」
その言葉に、龍之介の眉がわずかに寄る。
「なるほどな。……だから携帯を見る暇もなかったのか」
美咲がそう言うと、龍之介はふっと笑い声を漏らした。
「それにしても、天手古舞っていう言い回しは久々に聞いたな」
「……おかしかったですか?」
美咲が首をかしげると、龍之介は軽く首を振り、箸を置いた。
「いや、そうじゃなくて。……祖母の口癖だったんだ。
わざと大げさにものを言いたいときに、よく口にしていたのを思い出してな」
どこか懐かしそうに目を細める龍之介。
その横顔に、美咲の胸の奥も温かく満たされていく。
懐かしそうに微笑む龍之介に、美咲もつられて口元を緩めた。
「素敵ですね。……そういう思い出のある言葉って、大事にしたくなりますね」
湯気の立つ味噌汁を口にしながら、美咲はふと今日の出来事を思い出した。
「そういえば……今日のパーティーには、松田専務もいらしていました」
箸を持つ龍之介の手が、一瞬だけ止まる。
「……松田専務が?」
「はい。先生とご縁があるようで。少しご挨拶を交わしました」
美咲は淡々と話そうとしたが、その声には微かな緊張が滲んでいた。
龍之介は牛丼の器を静かに置き、彼女をまっすぐ見つめる。
「……専務が、君に声をかけたのか?」
龍之介の低い声に、美咲は箸を持つ手を止め、わずかに視線を伏せた。
「……少しだけ、お話を」
その一言に、空気がぴんと張り詰める。
龍之介はしばし無言のまま彼女を見つめ、やがて静かに口を開いた。
「少しだけ、か……」
低い声に潜む熱が、かえって重く響く。
「会場での立ち話ですから。大勢の方々がお越しになっていたんです」
美咲は少し落ち着いた声で言葉を選ぶ。
「私の先生と……松田専務のお嬢さんの華道の先生が古くからのお知り合いで、松田家とも長いお付き合いだと伺いました」
龍之介は箸を止めたまま、美咲を射抜くように見つめた。
「それだけ?」
問いかけは静かだったが、その奥に潜む熱は鋭く重い。
美咲はわずかに黙り込み、視線を落とす。
そして小さく息を吐きながら答えた。
「……それだけです」
沈黙が落ちる。
龍之介の胸の内に渦巻く感情は、抑えようとしても抑えきれない。
姿見の前に立ち、ふと肩口に視線を落とす。
そこには赤く熱を帯びた痕が残っていた。
「……っ」
指先でそっと触れると、ひりりとした痛みとともに、先ほど耳元で囁かれた声が鮮やかに甦る。
俺のものだ。
羞恥と、胸の奥に広がる熱が入り混じり、美咲は鏡から目を逸らした。
控えめな部屋着に着替えながらも、肩の痕が意識から離れない。
一方その頃、リビングでは。
龍之介が背広の上着を椅子に掛け、ネクタイを緩めて外す。
シャツの袖を軽くまくると、キッチンに立ち、吉牛のパックと味噌汁を温め始めていた。
電子レンジの音が小さく響く。
着替えを終えた美咲がリビングに戻ると、テーブルにはすでに牛丼と湯気の立つ味噌汁が並べられていた。
龍之介はシャツの袖をまくったまま、箸を揃え、彼女の帰りを待っていた。
「……準備してくださったんですね」
美咲は少し驚き、そして胸が温かくなる。
彼は立ち上がり、当然のように椅子を引いた。
「座って」
美咲が戸惑いながら腰を下ろすと、龍之介も向かいに腰を下ろし、ゆるやかな笑みを浮かべた。
「……さあ、食べよう」
二人で手を合わせる。
「いただきます」
ふわりと漂う甘辛い香りに、美咲は思わず微笑んだ。
箸を取り、口に運ぶと、熱々の牛肉とご飯が心地よく広がっていく。
「……おいしい」
小さく零した言葉に、龍之介の目がやわらかく細まった。
「そうか。……よかったな」
自分も箸を取り、ひと口頬張る。
「俺も久しぶりの牛丼だ」
ふたりの間に、穏やかな笑みが広がった。
派手な料理ではないのに、この小さな食卓が、なによりも贅沢に思えた。
牛丼をひと口食べ終えたところで、龍之介がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……何のパーティーだったんだ?」
美咲は箸を置き、湯気の立つ味噌汁を軽く口にしてから答える。
「茶道の先生の還暦のお祝いです。私は弟子のひとりとして、お手伝いをしていたんです」
少し微笑みながら続ける。
「先生のお顔が広いので……受付や来賓のご案内に天手古舞でして」
その言葉に、龍之介の眉がわずかに寄る。
「なるほどな。……だから携帯を見る暇もなかったのか」
美咲がそう言うと、龍之介はふっと笑い声を漏らした。
「それにしても、天手古舞っていう言い回しは久々に聞いたな」
「……おかしかったですか?」
美咲が首をかしげると、龍之介は軽く首を振り、箸を置いた。
「いや、そうじゃなくて。……祖母の口癖だったんだ。
わざと大げさにものを言いたいときに、よく口にしていたのを思い出してな」
どこか懐かしそうに目を細める龍之介。
その横顔に、美咲の胸の奥も温かく満たされていく。
懐かしそうに微笑む龍之介に、美咲もつられて口元を緩めた。
「素敵ですね。……そういう思い出のある言葉って、大事にしたくなりますね」
湯気の立つ味噌汁を口にしながら、美咲はふと今日の出来事を思い出した。
「そういえば……今日のパーティーには、松田専務もいらしていました」
箸を持つ龍之介の手が、一瞬だけ止まる。
「……松田専務が?」
「はい。先生とご縁があるようで。少しご挨拶を交わしました」
美咲は淡々と話そうとしたが、その声には微かな緊張が滲んでいた。
龍之介は牛丼の器を静かに置き、彼女をまっすぐ見つめる。
「……専務が、君に声をかけたのか?」
龍之介の低い声に、美咲は箸を持つ手を止め、わずかに視線を伏せた。
「……少しだけ、お話を」
その一言に、空気がぴんと張り詰める。
龍之介はしばし無言のまま彼女を見つめ、やがて静かに口を開いた。
「少しだけ、か……」
低い声に潜む熱が、かえって重く響く。
「会場での立ち話ですから。大勢の方々がお越しになっていたんです」
美咲は少し落ち着いた声で言葉を選ぶ。
「私の先生と……松田専務のお嬢さんの華道の先生が古くからのお知り合いで、松田家とも長いお付き合いだと伺いました」
龍之介は箸を止めたまま、美咲を射抜くように見つめた。
「それだけ?」
問いかけは静かだったが、その奥に潜む熱は鋭く重い。
美咲はわずかに黙り込み、視線を落とす。
そして小さく息を吐きながら答えた。
「……それだけです」
沈黙が落ちる。
龍之介の胸の内に渦巻く感情は、抑えようとしても抑えきれない。