秘めた恋は、焔よりも深く。
絶景にしばし見惚れたあと、ふたりは再び歩き出した。
下山する道のりも、緊張よりもむしろ心地よい余韻に満ちていた。
三人で軽口を交わしながら進み、キャンプ地へと戻っていく。

入口まで案内してくれた老人は、静かに笑って言った。
「楽しんでもらえたなら何よりです。山も、喜んでいますよ」

その言葉を最後に、老人は軽く手を振り、森の奥へと姿を消した。
残されたふたりは、ほんの一瞬、名残惜しそうにその背中を追っていた。

「……汗もかいたし、シャワーを浴びるか」
龍之介が笑みを含んだ声で言う。

美咲も思わず小さく笑ってうなずいた。
「そうですね。さっぱりしたいです」

互いに顔を見合わせると、どちらからともなく足を宿泊している棟へ向けた。
夕暮れの光に染まる森の小径を歩きながら、心もゆっくりと静まり返っていくようだった。


キャンプ場の中央に設けられた、屋根付きのダイニングエリア。
木材とアイアンを組み合わせた半屋外の空間には、数組のカップルが思い思いのテーブルにつき、夕暮れのひとときを楽しんでいた。

「黒瀬様、佐倉様、こちらが本日のお席です」

スタッフに案内されたのは、薪ストーブのそばに用意された静かなテーブルだった。
両隣の席とも程よく距離があり、すべて“二人だけ”のために設えられている。

「……雰囲気、いいですね」

美咲は椅子に腰を下ろしながら、あたりを見渡した。
薄暗くなりかけた空に小さなランタンが灯り、やわらかな光でテーブルを縁取っている。

「キャンプっていうより……大人の隠れ家だな」

そう呟き、龍之介はナプキンを膝に広げる。
薪の爆ぜる音と、漂ってくる料理の香りが、これから始まる食事をいっそう楽しみにさせた。

スタッフがメインディッシュの準備に入る。

「こちら、本日のお肉は松阪牛です。じっくり炭火でお楽しみください」

運ばれてきたのは、見事な霜降りのサーロイン。
分厚くカットされた肉が、ランタンの光を受けて美しくきらめいている。

「うわ……すごいですね」

思わず声を漏らす美咲に、龍之介も目を細めた。

「これは……想像以上だな」

さらに、大きな陶板に乗って運ばれてきたのは、英虞湾で獲れた魚介の盛り合わせ。

「おふたりには今回、ご招待企画により、伊勢海老・アワビ・大あさりもご用意しております」

スタッフの言葉に、美咲が小さく目を見開く。

目の前の鉄板で、肉がじゅう……っと音を立てる。
脂がはじけ、香ばしい香りがふわりと漂った。
アワビは殻の上で身を縮め、伊勢海老は殻の内側から甘い香りを放つ。

ジュウッ……と響く炙りの音が、ふたりの間の沈黙を埋めていく。

龍之介がトングで肉をひと切れ焼き上げ、美咲の皿にそっと置いた。

「……焼き加減、大丈夫そうか?」

美咲は箸を取り、少し頬を赤らめながらうなずいた。
そして、そのひと切れを口に運んだ。
舌の上でとろける旨みに、思わず目を細める。
「……おいしい……」
小さくもれてしまった声に、自分で驚いたように視線を落とす。

龍之介はそんな彼女を見つめ、口元に微笑を浮かべた。

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