秘めた恋は、焔よりも深く。
花々に囲まれたガーデンをあとにしながら、美咲は何度も振り返った。
純白のアーチ、柔らかな風に揺れる花びら、そしてタキシード姿の龍之介と並んで立った記憶。
すべてが夢のようで、今も心臓が落ち着かない。

「行こうか」
龍之介がそっと背中に手を添える。
その温もりに、美咲は現実へと引き戻されるようで、同時に胸の奥がじんと熱くなった。

コンシェルジュが待っていたカートに乗り込み、二人はグランピングエリアの入り口へと戻っていく。
風を切る音と、静かな自然のざわめき。

送迎の車に乗り込むと、静かにドアが閉まり、外のざわめきが遮られた。
窓の外には、遠ざかっていく緑と青空。
非日常の舞台を背に、車は都内へと向かって走り出す。

美咲はブーケを膝の上に置いたまま、ふっと小さく息を吐いた。
「……」
隣にいる龍之介も、ただ黙って前を見つめている。

けれど、不思議だった。
言葉を交わさなくても、心の奥底で同じ温度を共有していると感じられる。
模擬挙式の余韻が、二人の間に静かな安堵感を運んでいた。

言葉はいらない。
ただ、隣にいることが確かであること。
それだけで十分だと思える静けさが、二人を包み込んでいた。

「ありがとうございました」
そう言って、二人は運転手に軽く会釈をした。
扉が閉まり、黒塗りの車が静かに去っていく。

残されたのは、龍之介と美咲。
都心のマンションのエントランスに並んで立つ二人の姿は、先ほどまでの純白の舞台とは対照的に、現実の色を帯びていた。

「じゃあ、私はこれで」
美咲が小さく微笑み、ボストンバッグを持ち上げようとしたその瞬間。

龍之介の大きな手が、そのバッグをすっと取り上げた。
「……?」

驚く美咲の視線を受け止めながら、彼は低く言い放つ。
「帰すつもりはない」

その声は穏やかでありながら、抗えない力を帯びている。
美咲は一歩引こうとしたが、バッグはすでに彼の手の中。
彼の意志の前に、選択肢はなかった。

「龍之介さん……でも…」
「でも、じゃない」
彼が一歩近づく。
背の高い影が覆いかぶさり、目を逸らすことさえ許さない。

「今さら、お前だけをひとりで帰すと思うか?」
低い囁きが、胸の奥深くに落ちていく。
龍之介は、美咲のボストンバッグを軽々と肩にかけたまま、迷いなくエレベーターへと歩いていく。

「ちょ、龍之介さん……」
と声をかける間もなく、彼は颯爽と進んでしまう。

仕方なくついて行った美咲が乗り込むと、ドアが閉まり、密やかな空間に二人だけが残された。
その静けさを破るように、龍之介が低く呟く。
「振り替え休日で、あと二日休みだろ?」
鋭い視線が真っ直ぐに射抜く。
「なんで帰るんだよ」

その声音には、明らかに不機嫌さが滲んでいた。
美咲は思わず目を瞬かせる。
「……ご迷惑じゃないかと思って」

「迷惑?」
龍之介の眉がわずかに動く。
「俺にとっては、お前が帰るって言葉の方がよっぽど迷惑だ」
吐き捨てるような言葉の奥に、抑えきれない執着と愛情が渦巻いている。

美咲は小さく呟いた。
「……洗濯だってしたいし…」

龍之介の眉がわずかに動く。
「洗濯?」
「俺のところでやればいい」

「……着いたぞ」
低い声とともに、龍之介が鍵を回す。
重厚なドアが静かに開き、都会の喧騒を断ち切るように、落ち着いた空気が流れ込んできた。

彼は当たり前のように美咲の肩に手を添え、そっと中へと押しやる。
「どうぞ」

「お邪魔します」

一歩踏み入れた瞬間、美咲の胸が高鳴った。
ここが、龍之介のプライベートな空間。
初めて触れる彼の日常に、息を詰めてしまう。
広々としたリビングは、無駄のない洗練された空間だった。
落ち着いた色調の家具に、間接照明が柔らかな陰影を描いている。
窓の外には、都心の夜景が広がり、きらめく灯りがまるで星の海のように瞬いていた。

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