秘めた恋は、焔よりも深く。
美咲が忘れたイヤリングを取りに、ひとりレストランへと戻ったころ。
その頃ちょうど、真樹と龍之介はマンションのエントランスに到着していた。

「お疲れさま」
真樹に声をかけられ、龍之介は小さく頷く。

鍵を開けて部屋に入ると、そこは真っ暗だった。
「……まだ帰ってないのか」
胸の奥に落ちるような失望感。

ジャケットを脱ぎながら、携帯を手に取る。
美咲にメッセージを送った。

どこにいる? 無事か?

けれど、既読にならない。
時間だけが過ぎていく。

「盛り上がってるのか……」
吐き捨てるような声。

30分経っても、画面は沈黙したままだった。

「……ちっ」
舌打ちが漏れる。
こんなことなら、今日自分が帰ってくることを伝えておくべきだった。

悔いと苛立ちが混ざった思いを胸に押し込み、龍之介はジャケットを手に取る。
乱暴に袖を通し、鍵を掴むと、勢いのままドアを閉めた。

向かう先は、カメリアホテル。

地下駐車場に響く革靴の足音。
携帯を何度見ても、美咲からの既読はつかない。
「……何やってるんだ、美咲」
低く唸るように呟きながら、ハンドルを握りしめた。

カメリアホテルの地下駐車場に車を滑り込ませる。
ドアを乱暴に閉め、真っ直ぐエレベーターホールへ。

……だが、目に飛び込んできたのは一枚の張り紙だった。

「ご迷惑をお掛けしますが、ただいま修理中です」

一瞬、血の気が引く。
胸の奥で不吉な予感が膨らんでいく。

「……まさか」

低く吐き捨て、すぐそばの非常階段へ駆け込む。
コンクリートの壁に革靴の足音が鋭く反響する。
階段を駆け上がるたびに、美咲の名が喉元まで込み上げるが、声にはならない。
フロントデスクへ。
龍之介の視線は、獲物を探す猛禽のように鋭くなっていた。

龍之介はスタッフが工具を差し込み、扉をこじ開けようとする様子を、息を詰めて見守っていた。
金属音が響き、重い扉が少しずつ動き出す。
胸の奥が焼け付くような苛立ちと不安が入り混じり、じっとしていられない。

「もう少しで開きますので!」と声を張るスタッフ。

次の瞬間、わずかに開いた隙間から、光とともに人の気配が覗いた。
「お待たせしました、大丈夫ですか!」スタッフが声をかける。

そして視界に飛び込んできたのは、
エレベーターの床に離れて腰を下ろし、談笑していた美咲と松田専務の姿だった。

その光景を目にした瞬間、龍之介の胸に込み上げるものはあった。
だが、彼は深呼吸をひとつして、まず冷静さを装う。

「……美咲」
静かな声で名を呼ぶ。

美咲がぱっと振り向き、安堵の笑みを浮かべた。
「龍之介さん……!」

「無事でよかった」
彼は短くそう言い、美咲に手を差し伸べる。

その掌を取った瞬間、美咲の体が彼の腕の中に引き寄せられる。
一見落ち着いた仕草の中に、言葉にならない熱が滲んでいた。

専務は何も言わず、ただ成り行きを見守っている。
龍之介の目が一瞬だけ専務をかすめたが、その奥には冷ややかな光が潜んでいた。

美咲は自然な流れで、龍之介の腕からすっと身を離した。
まず専務に向き直った。
「今夜は助けていただいて、本当にありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。その声音は真摯で、相手への礼節に満ちていた。

「どうぞ、お気をつけてお帰りください」
そう言い添え、背後に立つ龍之介へも視線を移す。
「黒瀬さん、今夜はこれで失礼します」

龍之介は一瞬、言葉を失う。
その代わりに、専務へと浅く会釈を送った。
表面上は冷静。だが、胸の奥では激しいざわめきが渦を巻いていた。

俺の腕から離れて、あいつに礼を言うのか。

笑みを浮かべる専務の姿が、皮肉にもその想いをさらに濃くした。

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