秘めた恋は、焔よりも深く。
オフィスの中で、ほかの社員がいる場所では、まるで何事もなかったかのように仕事をこなした。
資料を渡し、報告を受け、必要があれば龍之介とも淡々とやり取りをする。
誰から見ても、二人の間に軋轢など存在しないように見えるはずだった。

デスクに戻ると、スマートフォンが震えて画面が光った。
龍之介からのメッセージ。
けれど、美咲は視線を落とさない。受信音だけが胸に突き刺さる。

(……二人きりにはならない)
決意のように心の中でつぶやき、ファイルを抱えて席を立つ。

ヒールの音を響かせ、廊下を歩く。
背後から熱い視線を感じながらも、振り返ることはしなかった。

その日、結局、龍之介は美咲と会話を交わすことができなかった。
何度か声をかけようとしたが、そのたびに美咲は他の社員を間に立て、自然に距離を取ってしまう。

視線がぶつかっても、彼女はすぐに逸らす。
資料を受け取るときも、言葉は敬語で、必要最低限。
そこには、昨夜までの温もりも、恋人としての柔らかさも存在しなかった。

徹底的に拒まれている。

その事実に、龍之介の胸は軋むように痛んだ。
嫉妬と焦りと後悔が渦を巻きながら、彼を追い詰めていく。

退勤の時間になっても、美咲は自宅へは戻らなかった。
同僚に軽く笑みを見せながら会社を出ると、真っすぐ昨夜から滞在しているビジネスホテルへと向かう。

無機質な部屋のドアを開け、鍵を閉める。
窓際に置かれたキャリーケースは、昨夜のまま。
人工的な明かりの下で、ようやく胸の奥に重たい安堵が広がった。

一方その頃。
龍之介は自宅で何度もスマートフォンを握りしめ、電話をかけ続けていた。
「出てくれ、美咲……」
短い呼び出し音のあと、無情にも留守番電話につながる。

メッセージアプリには未送信の言葉がいくつも残り、最後にただ一言を送った。

『頼む、話をさせてくれ。』

既読はつかない。
時間だけが過ぎていく。

夜更け、静まり返ったリビング。
(……なぜ、俺を避ける)

出張中もまともに眠れず、昨夜は一睡もできなかった。
心身に溜まった疲労はすでに限界に近い。
それでも、美咲のことを考えれば考えるほど、眠気は遠のいていった。

「……美咲」

名前を呼んだ瞬間、張り詰めていた意識がふっと切れ、ソファーに身を投げ出す。
そのまま、彼は静かに寝落ちしてしまった。

翌朝。
龍之介はソファに身を沈めたまま、浅い眠りから目を覚ました。
頭は重く、身体は鉛のようにだるい。
それでも、無意識に手を伸ばしてスマートフォンを確認する。

美咲からの連絡は、一通もない。

胸の奥にざらついた痛みを抱えたまま出社すると、報告を受けた。

「佐倉さんですが……本日、体調不良でお休みとのことです」

「……病欠?」

「はい。今朝、部下の森川さんが代わりに連絡してきました」

その言葉に、龍之介の表情はわずかに曇る。
表向きは病欠。だが、彼にはそれがただの理由づけにしか思えなかった。

(……やはり、俺を避けている)

喉の奥がひりつくように痛み、拳を固く握りしめる。

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