秘めた恋は、焔よりも深く。
マンションのエントランスを出て、夜の静寂の中に身を置いた途端、
龍之介はようやく、ひとつ深く息を吐き出した。
ずっと張り詰めていた感覚が、ようやく少しだけ緩む。
上を見上げれば、曇った空にぼんやりと月の輪郭が浮かんでいる。
湿った夜気がシャツの襟元からすべり込んでくるのにさえ、気づかないほどだった。
「……無事でよかった」
ぽつりと、誰にも聞かせるつもりのない声が漏れる。
それだけのことなのに。
それだけのはずなのに。
心の奥底で、何かがざわついていた。
「……全く。冷静じゃないな」
そう呟いた声は、誰に向けるでもない。
まるで、自分自身を咎めるような声音だった。
部下の安否を気遣った.......そういう理屈はわかっている。
けれどあのとき、脳裏をよぎったのは“職務”ではなかった。
暗い夜道に、美咲がたったひとりでいたという、その事実。
震える肩。こわばった表情。
そして、無言で腕の中にいた彼女のぬくもり。
(……怖かっただろう)
思い返すたびに、胸の奥がざわりと揺れた。
一歩間違えれば取り返しがつかない出来事だった。
その可能性が、未だに全身を締めつけてくる。
「……なんで、あんな顔をさせたくなかったって思ったんだろうな、俺は」
無意識のうちに、ポケットからスマートフォンを取り出す。
画面に表示されたのは、“佐倉美咲”という文字。
登録したばかりのプライベート番号。
それが、彼の中で何を意味するか.......もう分かっていた。
(ただの部下に、あんな感情、抱くわけがない)
彼女を抱きしめたのは、冷静さからではなかった。
名を呼んで、携帯を奪って、番号を登録したのも。
心から、彼女の無事を知っていたいと思ったからだ。
それが、どんなに“黒瀬龍之介”らしくない行動だとしても。
美咲の名前が登録されたスマートフォンの履歴をちらりと見た。
「連絡……してくれたらいいけどな」
誰にも見られない夜の中、ほんの一瞬だけ、
彼は孤独な男の表情になっていた。
そして再び背筋を伸ばし、ハンドルを握って、夜の道を走り出した。
龍之介はようやく、ひとつ深く息を吐き出した。
ずっと張り詰めていた感覚が、ようやく少しだけ緩む。
上を見上げれば、曇った空にぼんやりと月の輪郭が浮かんでいる。
湿った夜気がシャツの襟元からすべり込んでくるのにさえ、気づかないほどだった。
「……無事でよかった」
ぽつりと、誰にも聞かせるつもりのない声が漏れる。
それだけのことなのに。
それだけのはずなのに。
心の奥底で、何かがざわついていた。
「……全く。冷静じゃないな」
そう呟いた声は、誰に向けるでもない。
まるで、自分自身を咎めるような声音だった。
部下の安否を気遣った.......そういう理屈はわかっている。
けれどあのとき、脳裏をよぎったのは“職務”ではなかった。
暗い夜道に、美咲がたったひとりでいたという、その事実。
震える肩。こわばった表情。
そして、無言で腕の中にいた彼女のぬくもり。
(……怖かっただろう)
思い返すたびに、胸の奥がざわりと揺れた。
一歩間違えれば取り返しがつかない出来事だった。
その可能性が、未だに全身を締めつけてくる。
「……なんで、あんな顔をさせたくなかったって思ったんだろうな、俺は」
無意識のうちに、ポケットからスマートフォンを取り出す。
画面に表示されたのは、“佐倉美咲”という文字。
登録したばかりのプライベート番号。
それが、彼の中で何を意味するか.......もう分かっていた。
(ただの部下に、あんな感情、抱くわけがない)
彼女を抱きしめたのは、冷静さからではなかった。
名を呼んで、携帯を奪って、番号を登録したのも。
心から、彼女の無事を知っていたいと思ったからだ。
それが、どんなに“黒瀬龍之介”らしくない行動だとしても。
美咲の名前が登録されたスマートフォンの履歴をちらりと見た。
「連絡……してくれたらいいけどな」
誰にも見られない夜の中、ほんの一瞬だけ、
彼は孤独な男の表情になっていた。
そして再び背筋を伸ばし、ハンドルを握って、夜の道を走り出した。