秘めた恋は、焔よりも深く。
昨夜は暗がりで、動揺もしていて何も見えていなかった。
けれど、今改めて目の前にある車を見て、美咲は思わず足を止めそうになる。
(……大きい)
黒のSUV。重厚なボディに、無駄のない美しいライン。
そして、ドアが開けられた車内には、ほんのりレザーの香りと、驚くほど整えられた空間が広がっていた。
「どうぞ」
助手席のドアを開けたまま、美咲に目を向ける龍之介。
「……ありがとうございます。すごく、きれいにされてるんですね」
「車、好きなんだ。どんなに忙しくても、洗車だけは欠かさない」
微笑みながら答える彼の声に、どこか少年のような照れが混じっていて、
美咲はその意外な一面に、ふと胸があたたかくなる。
「……運転、お好きなんですか?」
「うん。何も考えずに走ってると、頭の中、勝手に整理されるから。……佐倉さんも?」
「はい、似てます。私も車の中、けっこう好きで」
シートベルトを留めながら、ふたりは自然に会話を交わす。
エンジンが静かにかかり、穏やかな音楽が車内に流れる。
アクセルを踏んだ瞬間、車は滑るように街の中へと走り出した。
(……こんな風に、誰かの車に乗るなんて、いつ以来だろう)
窓の外の景色を見ながら、ふとそんなことを思う。
昨夜の恐怖とはまるで対照的な、安心感のあるドライブ。
横顔をちらりと見やって、
(この人、本当に不思議な人だな)
美咲の中で、まだ名前のつかない感情が、静かに広がっていくのを感じていた。
車は穏やかなスピードで、夕暮れの街を滑るように進んでいた。
窓の外に広がる景色が金色に染まりはじめている。
しばらく無言が続いたが、不思議とその沈黙は居心地がよかった。
そんな空気の中で、龍之介がふと手を伸ばして、カーナビの操作をする。
「……眩しくない?」
美咲の方を見ずにそう言って、ルームミラーを微調整し、
さらにサンバイザーをゆっくりと下ろしてくれた。
「ありがとうございます……大丈夫です」
「ならいい。夕日がちょうど目に入る時間だから」
何気ないようでいて、細かいところまでよく見ている。
それに、押しつけがましさが一切ない。
そのあと、しばらく音楽が流れていたが、龍之介がふとボリュームを下げた。
「……音、うるさくなかった?」
「いえ。心地よかったです。ジャズ、お好きなんですね」
「うん。流しっぱなしのことが多いけど……今みたいな時間には合うかなと思って」
自分の好みを語るというよりも、
“相手にとってどうか”を気にかけながら選んでいるのが、わかる。
(……こんなふうに、気遣ってもらうの、久しぶりかもしれない)
美咲は、膝の上に置いた両手をそっと組みなおした。
いつのまにか、緊張していた肩の力が、すとんと抜けている。
車内に満ちるのは、柔らかな沈黙と、相手を思いやる空気。
何も言わなくても、わかることがある。
そんな時間だった。
車は静かに、お店の前に停まった。
龍之介が先に車を降りる。
美咲がシートベルトを外しドアに手をかけようとしたそのとき、
「待ってて」
運転席から回り込んだ龍之介が、先に助手席のドアを開けていた。
反射的に「自分でできますよ」と言いかけた美咲だったが、
龍之介の表情を見て、その言葉は胸の中で留まった。
(……当たり前みたいに、こんなふうにしてくれる人、久しくいなかった)
無言のまま差し出された手。
少し大きくて、温かくて、包み込むような掌。
「足元、気をつけて」
声も仕草も淡々としているのに、
そのひとつひとつが、どこまでも丁寧だった。
「……ありがとうございます」
手を取ると、ほんの一瞬だけ指先が触れ合った。
けれど、すぐに自然に離れる。
(この人は、優しい。でも、それを特別なこととして振る舞わない)
だからこそ、余計に沁みてくる。
美咲は軽く頭を下げてから、店の入口に向かって並んで歩き出した。
並んだ肩の高さに、ふと胸が温かくなる。
けれど、今改めて目の前にある車を見て、美咲は思わず足を止めそうになる。
(……大きい)
黒のSUV。重厚なボディに、無駄のない美しいライン。
そして、ドアが開けられた車内には、ほんのりレザーの香りと、驚くほど整えられた空間が広がっていた。
「どうぞ」
助手席のドアを開けたまま、美咲に目を向ける龍之介。
「……ありがとうございます。すごく、きれいにされてるんですね」
「車、好きなんだ。どんなに忙しくても、洗車だけは欠かさない」
微笑みながら答える彼の声に、どこか少年のような照れが混じっていて、
美咲はその意外な一面に、ふと胸があたたかくなる。
「……運転、お好きなんですか?」
「うん。何も考えずに走ってると、頭の中、勝手に整理されるから。……佐倉さんも?」
「はい、似てます。私も車の中、けっこう好きで」
シートベルトを留めながら、ふたりは自然に会話を交わす。
エンジンが静かにかかり、穏やかな音楽が車内に流れる。
アクセルを踏んだ瞬間、車は滑るように街の中へと走り出した。
(……こんな風に、誰かの車に乗るなんて、いつ以来だろう)
窓の外の景色を見ながら、ふとそんなことを思う。
昨夜の恐怖とはまるで対照的な、安心感のあるドライブ。
横顔をちらりと見やって、
(この人、本当に不思議な人だな)
美咲の中で、まだ名前のつかない感情が、静かに広がっていくのを感じていた。
車は穏やかなスピードで、夕暮れの街を滑るように進んでいた。
窓の外に広がる景色が金色に染まりはじめている。
しばらく無言が続いたが、不思議とその沈黙は居心地がよかった。
そんな空気の中で、龍之介がふと手を伸ばして、カーナビの操作をする。
「……眩しくない?」
美咲の方を見ずにそう言って、ルームミラーを微調整し、
さらにサンバイザーをゆっくりと下ろしてくれた。
「ありがとうございます……大丈夫です」
「ならいい。夕日がちょうど目に入る時間だから」
何気ないようでいて、細かいところまでよく見ている。
それに、押しつけがましさが一切ない。
そのあと、しばらく音楽が流れていたが、龍之介がふとボリュームを下げた。
「……音、うるさくなかった?」
「いえ。心地よかったです。ジャズ、お好きなんですね」
「うん。流しっぱなしのことが多いけど……今みたいな時間には合うかなと思って」
自分の好みを語るというよりも、
“相手にとってどうか”を気にかけながら選んでいるのが、わかる。
(……こんなふうに、気遣ってもらうの、久しぶりかもしれない)
美咲は、膝の上に置いた両手をそっと組みなおした。
いつのまにか、緊張していた肩の力が、すとんと抜けている。
車内に満ちるのは、柔らかな沈黙と、相手を思いやる空気。
何も言わなくても、わかることがある。
そんな時間だった。
車は静かに、お店の前に停まった。
龍之介が先に車を降りる。
美咲がシートベルトを外しドアに手をかけようとしたそのとき、
「待ってて」
運転席から回り込んだ龍之介が、先に助手席のドアを開けていた。
反射的に「自分でできますよ」と言いかけた美咲だったが、
龍之介の表情を見て、その言葉は胸の中で留まった。
(……当たり前みたいに、こんなふうにしてくれる人、久しくいなかった)
無言のまま差し出された手。
少し大きくて、温かくて、包み込むような掌。
「足元、気をつけて」
声も仕草も淡々としているのに、
そのひとつひとつが、どこまでも丁寧だった。
「……ありがとうございます」
手を取ると、ほんの一瞬だけ指先が触れ合った。
けれど、すぐに自然に離れる。
(この人は、優しい。でも、それを特別なこととして振る舞わない)
だからこそ、余計に沁みてくる。
美咲は軽く頭を下げてから、店の入口に向かって並んで歩き出した。
並んだ肩の高さに、ふと胸が温かくなる。