秘めた恋は、焔よりも深く。
「そういえば、この前、社長に、滝沢社長にですね、コーヒーはブラックかどうか聞かれたんです」
カップを傾けながら、美咲が何気なく言った。
「突然で、ちょっと驚いて……社長もコーヒーにこだわりがあるんですかね?」
その瞬間、龍之介の手がぴたりと止まった。
なに⁉
心の中で、明らかに動揺が走る。
(……あいつが、コーヒーの好みなんて聞くタイプか?
いや、それ以前に、他人にそんなこと……)
「へぇ……そうなんだ」
龍之介は表情を崩さずに、カップを口元に運んだ。
けれど、その背筋にはほんの僅かな緊張が走っていた。
「……真樹がそんなことを聞くの、珍しいな」
「ですよね?ちょっと不思議でしたけど……でも、なんだかその日、機嫌よさそうだったので」
「……ふーん」
美咲は気づかない。龍之介の声に一拍、いつもより深い間があったことに。
「……あの、黒瀬さんって、社長と子どもの頃からのお知り合いなんですよね?」
コーヒーを一口飲んでから、美咲がふと視線を上げた。
「うん。あいつとは、腐れ縁みたいなもんで。幼稚園からずっと一緒だった」
龍之介は静かにそう返した。
「それなら、社長の好みとか……色々、ご存知なのかなって。
このあいだ、急に“コーヒーはブラックか”って聞かれて、不思議だったんです。
何か意味があったのかなぁって」
「……」
龍之介は、返答の前に少しだけ目を伏せる。
カップの中を覗き込むふりをしながら、内心では静かに眉をひそめていた。
(……あいつ、何考えてんだ?
彼女にそんなことを、わざわざ聞くなんて)
「ま、好みっていうより……“気になる人のこと、なんとなく聞いてみたくなる”ってやつかもな」
ぽつりと漏らしたその一言に、美咲は首をかしげた。
「えっ……?」
「いや、気にするな。あいつのことは、俺でもときどき理解不能だから」
龍之介は軽く肩をすくめて笑ったが、
その目の奥には、確かに小さな火が灯っている。
それでも美咲は、そんな龍之介の表情には気づかずに、ただ静かに微笑んだ。
「……そうなんですね。社長って、掴みどころがない感じしますよね」
「そうだな。昔から……そういうやつだった」
(……まさか、あいつの名前が、こんなふうに気に障るとはな)
コーヒーの湯気の向こうで、微笑む美咲の横顔を見つめながら、龍之介は自嘲気味に息を吐いた。
彼女が、社長との何気ない会話を「思い出」として話した瞬間、
胸の奥に、小さく刺すような痛みが走った。
(“社長って掴みどころがない”か……)
それを笑いながら話す彼女の声が、やけに耳に残る。
(……そんな顔、俺には向けたことないのに)
静かな苛立ちのような、
どこにもぶつけられない、ちいさな焦りのような感情が、胸の奥にじわりと広がっていく。
嫉妬…
そんな感情からは、自分は無縁だと思っていた。
けれど。
(……俺、今、あいつに嫉妬してるのか)
ようやく言葉になったその事実に、龍之介はひとつ、ゆっくりとまばたきをした。
なんとも情けない。だが、止められなかった。
彼女が誰を見て、誰の言葉に揺れるのか。
それが、自分ではないということが、たまらなく、もどかしかった。
(……気づくのが、少し遅かったか?)
いや、まだだ。
まだ何も始まってすらいない。
テーブルの向こう側。美咲は、何も知らない顔でカップを揺らしている。
その姿が、龍之介には妙に遠く感じられた。
カップを傾けながら、美咲が何気なく言った。
「突然で、ちょっと驚いて……社長もコーヒーにこだわりがあるんですかね?」
その瞬間、龍之介の手がぴたりと止まった。
なに⁉
心の中で、明らかに動揺が走る。
(……あいつが、コーヒーの好みなんて聞くタイプか?
いや、それ以前に、他人にそんなこと……)
「へぇ……そうなんだ」
龍之介は表情を崩さずに、カップを口元に運んだ。
けれど、その背筋にはほんの僅かな緊張が走っていた。
「……真樹がそんなことを聞くの、珍しいな」
「ですよね?ちょっと不思議でしたけど……でも、なんだかその日、機嫌よさそうだったので」
「……ふーん」
美咲は気づかない。龍之介の声に一拍、いつもより深い間があったことに。
「……あの、黒瀬さんって、社長と子どもの頃からのお知り合いなんですよね?」
コーヒーを一口飲んでから、美咲がふと視線を上げた。
「うん。あいつとは、腐れ縁みたいなもんで。幼稚園からずっと一緒だった」
龍之介は静かにそう返した。
「それなら、社長の好みとか……色々、ご存知なのかなって。
このあいだ、急に“コーヒーはブラックか”って聞かれて、不思議だったんです。
何か意味があったのかなぁって」
「……」
龍之介は、返答の前に少しだけ目を伏せる。
カップの中を覗き込むふりをしながら、内心では静かに眉をひそめていた。
(……あいつ、何考えてんだ?
彼女にそんなことを、わざわざ聞くなんて)
「ま、好みっていうより……“気になる人のこと、なんとなく聞いてみたくなる”ってやつかもな」
ぽつりと漏らしたその一言に、美咲は首をかしげた。
「えっ……?」
「いや、気にするな。あいつのことは、俺でもときどき理解不能だから」
龍之介は軽く肩をすくめて笑ったが、
その目の奥には、確かに小さな火が灯っている。
それでも美咲は、そんな龍之介の表情には気づかずに、ただ静かに微笑んだ。
「……そうなんですね。社長って、掴みどころがない感じしますよね」
「そうだな。昔から……そういうやつだった」
(……まさか、あいつの名前が、こんなふうに気に障るとはな)
コーヒーの湯気の向こうで、微笑む美咲の横顔を見つめながら、龍之介は自嘲気味に息を吐いた。
彼女が、社長との何気ない会話を「思い出」として話した瞬間、
胸の奥に、小さく刺すような痛みが走った。
(“社長って掴みどころがない”か……)
それを笑いながら話す彼女の声が、やけに耳に残る。
(……そんな顔、俺には向けたことないのに)
静かな苛立ちのような、
どこにもぶつけられない、ちいさな焦りのような感情が、胸の奥にじわりと広がっていく。
嫉妬…
そんな感情からは、自分は無縁だと思っていた。
けれど。
(……俺、今、あいつに嫉妬してるのか)
ようやく言葉になったその事実に、龍之介はひとつ、ゆっくりとまばたきをした。
なんとも情けない。だが、止められなかった。
彼女が誰を見て、誰の言葉に揺れるのか。
それが、自分ではないということが、たまらなく、もどかしかった。
(……気づくのが、少し遅かったか?)
いや、まだだ。
まだ何も始まってすらいない。
テーブルの向こう側。美咲は、何も知らない顔でカップを揺らしている。
その姿が、龍之介には妙に遠く感じられた。