秘めた恋は、焔よりも深く。
店を出た瞬間、夏の夜風がふたりの頬をやわらかくなでた。
都会の喧騒から少し離れたその通りには、静けさと穏やかな照明が流れていた。

「……いいお店でしたね」

美咲がふっと息を吐きながら言う。
お腹も心も、どこか満たされた気がしていた。

「気に入ってもらえてよかった。あの辺、静かで落ち着くだろ」

龍之介はそう言いながら、美咲が一歩外に出るのを待ってから、店のドアを閉めた。
そして何気なく歩道の外側に立ち、自然な流れで並んで歩き出す。

「さっきの珈琲店もそうでしたけど……黒瀬さん、落ち着く場所をご存じですよね」

「騒がしいと、話したいこともうまく言えなくなるから」

「……話したいこと、ですか?」

美咲が振り返ると、龍之介は一瞬だけ視線を逸らし、夜空の方に目を向けた。
「……まだ、自分でも整理がついてないけど。いつか話すかもしれない」

「……それって、何か深刻なことです?」

「さあな。でもたぶん、ちゃんと話したいと思う相手にしか、話さないようなこと」

ほんの一瞬、美咲の足が止まる。

そして、わずかに赤くなった頬を隠すようにして、もう一歩歩みを進めた。
「……じゃあ、気長に待ってます。私、聞くのは得意ですから」

その言葉に、龍之介はわずかに眉を和らげる。
「……そのうち、お願いするよ」

そして、車のドアを開ける。

「どうぞ、お姫様」
からかうように言って、けれどその手はとてもやさしかった。

美咲は少し戸惑いながらも、その手を取って乗り込む。
触れた手のあたたかさが、また胸に波紋を広げた。

車内は、穏やかなジャズが小さく流れていた。
窓の外を流れる街の灯りを眺めながら、美咲がぽつりと口をひらく。
「……黒瀬さんは、次のキャンプ、もう予定されてるんですか?」

龍之介はハンドルを軽く回しながら、ちらりと助手席の彼女を見た。
「来月あたり、山の方に行こうかなと思ってた。……っていっても、まだ場所は決めてないけど」

「おひとりで?」

「たぶん。気ままなほうが、予定を立てやすいからな」

「……わかります。私も、一人で行くときは、そう。誰にも気をつかわずに、自然の音だけに包まれるのが、好きです」

龍之介は、少しだけ頬をゆるませた。

沈黙。
でも、不思議と気まずくはなかった。
車内に流れる音楽と、二人の間の距離だけが、静かに存在していた。

しばらくして、美咲がそっと言葉を重ねた。
「……どこに行くか、決まったら、教えていただけますか?」

「……ん?」

「なんとなく、気になって」

「……ああ。教えるよ。……そのときは、良ければ一緒に行くか?」

少し冗談めかして、けれど確かに含んだ想いのある声。

美咲は、ふいに胸が高鳴るのを感じながら、そっと微笑んだ。
「……考えておきます」

運転手席に、柔らかな笑みが灯った。

車は、やさしく夜の街を走っていた。
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