秘めた恋は、焔よりも深く。
鍵を開けて玄関に入り、ドアを閉めた瞬間、
部屋の中には、しん……とした静けさが戻ってきた。
ヒールを脱いでスリッパに足を入れる。
淡い照明に包まれたいつもの空間。
けれど、今日はどこか違って感じた。

バッグをソファに置きながら、美咲は自分の胸に手を当てる。

「……一緒に行くか?」

車内で、龍之介がふと口にした言葉。
冗談交じりだったのに、やけに真っすぐに胸に残っている。

“考えておきます”と返した自分の声も、少し上ずっていたような気がした。

(あれって……どういう意味だったんだろう)

軽く笑っていたように見えたけど、
彼の目は、笑っているようで、どこか真剣だった。

「……まさかね」

小さく呟いてみるけれど、胸の奥に残る感触は、思っていたよりも深い。
彼の低い声。
助手席のドアを開けてくれたときの、あたたかな手。一瞬だけ熱くなったのも、たしかだった。

思い返せば返すほど、胸の奥がふわりと波立つ。
これまで誰かに、こんなふうに言葉をかけられて、
何かが心の奥でほどけていくような感覚なんて、あっただろうか。

「……だめだ、ちゃんと眠れるかな……」

シャワーを浴びて、髪を乾かし、
ベッドに横たわったときには、すでに日付が変わろうとしていた。
静かな夜。
部屋の明かりを落として、ほんのりとした間接照明の中で天井を見つめていると、
自然と、今日の出来事がひとつひとつ浮かんでくる。

龍之介の低い声。
笑った顔。
姪の七海さんに見せた、あんな柔らかい表情。

(……あんな顔、会社では見たことなかったな)

そう思った瞬間、胸の奥が少しだけきゅっとした。
自分でも理由がわからない。

“彼の、ああいう表情をもっと見てみたい”
ふと、そんな気持ちが心の奥に湧いて、思わず目を閉じた。

(……え、私……今、なんて?)

はっとして、自分の思考に戸惑う。
龍之介のことを.....もっと知りたい、と思ってる。

“あの人が、どんな風に過ごして、どんな景色を見て、何を大切にしてるのか。”

そんなことを考えている自分が、まるで他人のように感じられた。

(……信じられない)

誰かに対してこんなふうに思うなんて、
いつぶりだろう。

人を知りたい、近づきたい。

そんな気持ちに自分が動かされていることに、驚いていた。
だけど…

(もう少しだけ、この気持ちを、見てみようかな)

そう思った瞬間、どこか力が抜けたようにまぶたが重くなり、
静かに、美咲は眠りへと落ちていった。

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