秘めた恋は、焔よりも深く。
月曜の午前、社内の空気が少し慌ただしくなってきたころ。
佐倉美咲のスマートフォンが、バイブレーションの音を立てた。

(……松田専務?)

表示された名前に一瞬まゆを寄せる。
電話には出ず、仕事に集中しながらも、彼女の胸の奥には淡い緊張が残ったままだった。

そして昼休み、美咲は人気の少ない休憩スペースへと移動し、静かに発信ボタンを押した。

「……佐倉です。先ほどはお電話ありがとうございました。折り返しが遅くなってしまって、申し訳ありません」

『いえ、こちらこそ。お忙しいところ失礼しました。』

電話越しの松田の声は、変わらず穏やかで低い。だがどこか、慎重に探るような調子が混じっている気もした。

『実は先日ご案内した物件について、どうだったかなと思いまして』

「……はい。とても素敵な物件でした。
ただ、いろいろ考えた結果、今回は見送ることにしました」

少しの沈黙が流れたあと、松田がゆっくりと応じた。

『そうですか。それは残念ですが、もちろん、ご自身の気持ちが一番です。ご覧いただいて、ありがとうございました』

「こちらこそ、お忙しい中、紹介してくださって……感謝しています」

その瞬間、電話の向こうで小さく笑う気配がした。

『……佐倉さんは、やっぱりきちんとした方ですね。いや、あらためて、そう思いました』

「……いえ。そんなこと……」

『また、何かあれば。遠慮なく連絡してください。お役に立てることがあれば、いつでも』

「ありがとうございます。はい……そのときは、よろしくお願いします」

通話を終えてスマートフォンを置いたとき、美咲は深く息をついた。
やさしい声色だったけれど、心のどこかに、なにかが引っかかっている.....そんな気がした。

(……やっぱり、距離の詰め方が上手な人、だ)

そしてもうひとり、あの人.....黒瀬さんなら、どんなふうにこの話を聞くだろう。
ふと、そんなことを思ってしまった自分に、美咲は小さく首を振った。
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