秘めた恋は、焔よりも深く。
「もちろん、最初は冷静に話そうとしました。」
圭吾はゆっくりとグラスを置き、両手を軽く組む。
「だが息子は譲らなかった。『年齢なんて関係ない』『彼女と生きたい』と、真正面から言ってきた。」

その声に、当時のやり取りが甦るような熱が宿る。

「私は、彼が感情に突き動かされているだけだと考えました。
結婚は一時の衝動で決めるものではない、と。」

「私は興信所を使って、相手の女性の身元調査を依頼しました。」
圭吾の声は低く静かだ。
「そして、彼女に連絡を取り、会う機会を設けたんです。」

短い沈黙ののち、圭吾は続けた。
「相手の女性は……ごく普通の女性でした。
けれど、私の心境をよく理解していた。年齢差があまりにも大きいこと。
湊が将来、子どもを望むようになっても、その女性はそれを叶えられないこと。」

圭吾の視線が遠くなる。
「彼女は、落ち着いた声でこう言ったんです。」

『なぜ私なのか。何度も問い、そして何度も突き放しました。
彼のためだけではなく、自分のためにも、私たちが共に歩むことは誤りだと、理解させたかったのです。
そのために、あえて冷たい言葉を選び、時には彼を深く傷つけることもしました。
幾度も言い争い、涙を流した日々もありました。

それでも…彼は一度も揺らぎませんでした。
「順子がいい」ただその一言を、何度も何度も、迷いなく繰り返し続けたのです。

ご家族がご立腹なさるのは、もっともなことだと思います。
けれど……私たちは出会ってしまいました。
それは、抗うことなど到底できない、ひとつの揺るぎない真実なのです。』

そのときの彼女のまなざしと声色は、今も鮮やかに残っている…圭吾はそう言わんばかりに、
静かに水のグラスを傾けた。

「……あの瞬間、私は初めて、息子の選んだ女性を真正面から見た気がしました。」
圭吾の声は低く、しかしどこか温度を帯びていた。
「年齢や立場、条件……そういったものを全部取り払って見たとき、
そこにいたのは…揺るぎなく息子を愛する、ひとりの女性でした。」

美咲は静かに息をつき、その言葉の重みを噛みしめる。
圭吾はわずかに口元を緩め、視線を窓の外の夜景に向けた。
「順子さんの言葉を聞いたとき、抗う理由を失ったと思いましたよ。」

グラスの中で氷が小さく音を立てる。
「……ただ、それでも親としての思いはすぐには消えませんでしたがね。」

美咲はその横顔を見つめながら、この人がどれほど複雑な思いで二年間を過ごしてきたのかを、
少しだけ理解できた気がした。
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