秘めた恋は、焔よりも深く。
圭吾はゆっくりとナイフとフォークを置き、ワインをひと口含む。
「息子と距離を置いたまま、時間だけが過ぎて……二年。
そんなある日、綾香が私の部屋に来ましてね。」

美咲は軽く首を傾ける。

「『お父さん、このままでいいの?』と。」
圭吾は、そのときの綾香の真剣な眼差しを思い出すように、静かに微笑んだ。
「『お兄ちゃんのこと、順子さんのこと……私、知ってる。
お兄ちゃんの気持ち、全部わかるわけじゃないけど……でも、ずっと会えないままなのは、やっぱり寂しい。』
……そう言われたんです。」

「……綾香さんが、そんなふうに。」

「あの子は普段、私に意見をぶつけるようなタイプではないんですが……あのときだけは違った。
『お父さんも、もう一度会ってあげてほしい』と、まっすぐ言われた。」

圭吾は小さく息を吐く。
「父親として、あの目を無視することはできませんでした。
そして……あの子に言われた翌週、私は湊に連絡を取り、会うことにしたんです。」

夜景の光が、グラスのワイン越しにきらめく。
「結果的に……綾香がいなければ、今こうして息子と話せる関係には戻れなかったでしょうね。」
「連絡を入れたとき、正直……返事が来るかどうかも半信半疑でした。」
圭吾はグラスを軽く回しながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「けれど、湊からすぐに『会いたい』と返信があった。
場所は、昔よく二人で行った喫茶店にしようと、あちらから提案されました。」

美咲は黙って耳を傾ける。

「約束の日、私は少し早く着いて……窓際の席に座っていました。
ドアが開いて、湊が入ってきたとき……一瞬、少年時代の面影がよぎったんです。」
圭吾の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「互いに、何を言うべきか迷っていたと思います。
けれど、先に口を開いたのは湊でした――『久しぶり、父さん』と。」

その瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、ふっと緩んだ。
「私は、ただ『元気だったか』と返すのが精一杯でした。」

短い沈黙のあと、圭吾は静かに続ける。
「コーヒーを飲みながら、順子さんとの暮らしのこと、仕事のこと……少しずつ話してくれた。
私も、自分の考えや、あのとき反対した理由を正直に話しました。」

窓の外に視線を移し、圭吾は小さく頷いた。
「すべてを許したわけではないし、納得できないこともある。
ですが……あの日を境に、父と息子としての会話が、またできるようになったんです。」

ふっと表情を和らげ、圭吾は美咲に視線を戻す。
「こうして話したのは……あなたになら、分かってもらえると思ったからです。」

美咲は少し驚きながらも、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます。お話しくださって。」

「いえ、礼を言うのはこちらです。」
圭吾の声は、先ほどまでの重い話を経て、どこか柔らかくなっていた。

< 81 / 153 >

この作品をシェア

pagetop