秘めた恋は、焔よりも深く。
車は夕暮れの街道を走っていた。
窓の外では、秋の黄昏がゆっくりと夜に溶け込んでいく。

ハンドルを握る龍之介がちらりと助手席に目をやる。
「……寒くないか?」

大判ストールを肩に掛けていた美咲は、慌てて首を振った。
「大丈夫です。これがあるので」

「そうか」
短く答えたものの、龍之介の声はまだ柔らかく気遣いを含んでいる。
ハンドルを握る片手はしっかりと、もう片方の手がそっと美咲の手の上に置かれた。

「こうしていれば、少しはあたたかいだろう」

「……運転に集中してください」
小さな抗議を口にしながらも、手を振り払うことはできない。

龍之介はわずかに口元を緩め、低く囁いた。
「集中してるさ。俺は器用だからな。……ただ、どうしてもお前に触れていたい」

「な、なんてことを言うんですか……!」

頬に一気に熱が広がり、視線を窓の外へ逃がす美咲。
車内に満ちる静かなエンジン音の奥で、彼女の鼓動だけが高鳴っていた。

龍之介はそんな彼女の横顔を一瞬見やり、満足げに微笑む。赤信号で車が止まる。
「……その反応が、また愛おしい」
そう言って、赤信号で車が止まる。
すでに美咲の手に置いていた自分の手をそっと持ち上げ、
その甲へゆっくりと唇を落とした。

「っ……黒瀬さん……!」

思わず息をのむ美咲。
頬が一気に熱を帯び、視線を逸らすこともできずに彼を見つめた。

信号が青に変わると、何事もなかったかのようにハンドルを握り直す龍之介。
けれど、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

信号が青に変わり、車が再び静かに走り出す。
ほんのり残る手の甲の感触に、美咲の胸はまだ落ち着かない。

ハンドルを握りながら、龍之介はふと口を開いた。
「……夕食も一緒に食べたいんだが、時間は大丈夫か?」

思わず美咲は彼を見た。
「はい……でも、黒瀬さんこそお忙しいのではないですか?」

「どんなに忙しくても、プライベートが充実しているからこそ、乗り切れるんだ」

ハンドルを握る指先に、わずかに力が込められる。
彼にとって仕事も確かに大切だが、今この瞬間の「隣にいる美咲」がそれ以上に重みを持っていることは、揺るぎようがなかった。

「だから、このまま夕食に行くぞ、いいな」
黒瀬は短く言い切り、ハンドルを切る。

「えっ……!」
驚く美咲をよそに、車はスムーズに街の中心へ向かって走り出した。

街の灯りが少しずつ増えていく道を走りながら、龍之介は問いかけた。
「……何か食べたいものはあるか?」

美咲は少し考え、首を振る。
「特にないですね。前回の焼き肉は私の希望でしたので……今度は黒瀬さんにお任せしてもいいですか?」

横目でちらりと彼女を見やり、口元にわずかな笑みを浮かべる。
「……そうか。じゃあ、和食になるぞ」

「いいですね!」
思わず声が弾んだ美咲。その笑顔に、龍之介の胸の奥がじんわりと熱を帯びる。

「……焼き鳥、はどうだ?」
黒瀬がハンドルを切りながら言う。
「ただ、服や髪に匂いが移るから嫌か?」

美咲は首を振り、目を輝かせた。
「焼き鳥、いいですね! なんだかお腹もすいてしまって」

彼女の無邪気な笑顔に、黒瀬の口元が自然に緩む。

「熱燗もいいな、あ……でも、黒瀬さんは運転がありますよね。すみません、軽はずみなことを言って」
美咲が慌てて言い添えると、黒瀬は低く笑った。

「熱燗? いいねえ」

「えっ……?」

「俺は飲めなくても構わない。お前が美味しそうに飲む姿を見るだけで十分だからな」

「黒瀬さん……」

「むしろ、頬を赤くした美咲を見るのが楽しみだ」
横顔のまま、さらりと口にするその言葉に、美咲の心臓はさらに跳ね上がった。

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