すき、という名前の花
その日も少女は、いつものように放課後の公園にいた。
ベンチに座って、静かに読書をしている。
まわりでは、他の子どもたちが空き缶をゴールに見立てて、元気にサッカーを楽しんでいた。
そんな賑やかな空気の中、彼女がページをめくっていたのは――
凪良ゆうの『流浪の月』という小説だった。
「どれだけ歪でも、心がちゃんと繋がっていれば、孤独は超えられる」
そんなメッセージが込められたその物語に、少女の胸は静かに震えていた。
気づけば、涙がひとすじ、頬をつたっていた。
その時。
ふと目の前に、一枚のハンカチが差し出された。
顔を上げると、そこには白髪まじりの優しそうな老人が立っていた。
「輪には入らないのかい?」
穏やかな声で、老人が笑う。
「同じくらいの歳の子たちみたいだけど」
少女はうつむいたまま、小さな声で言った。
「いいの。……わたし、ひとりの方が楽だから」
老人は、それ以上は何も聞かなかった。
ただ、にこりと微笑んで――
「そっか。じゃあ、暇だったら、うちに来ないかい?
本が好きなら、ちょっとした時間つぶしにはなると思うよ」
少女の頭の中に、学校で何度も聞かされた言葉がよぎった。
“知らない人にはついて行ってはいけません”
けれど、目の前の老人からは、どこかあたたかいものを感じた。
声のトーンも、話し方も、表情も――優しさで満ちていた。
それに何より、心を閉ざしていた少女には、まるでヒーローのようにさえ見えた。
老人がスタスタと歩き出すと、少女は思わずあとを追いかけた。
やがて着いたのは、商店街の外れ。
シャッターが下りた店が立ち並ぶ中で、ぽつんと一軒だけ、古びたお店の前で老人が立ち止まった。
「ここだよ」
少女が見上げると、そこには年季の入った木の看板。
文字は消えかけていたけれど、“古書店”と読めた。
「ここって……」
少女が不安げに聞くと、老人はにっこり微笑んで答えた。
「ここはね、わしの店だよ。古本屋さ」
少女は戸惑った。
“古書店”という言葉は知っていたけれど、実際に入ったことはなかった。
それに、なんだか……大人の世界のような気がして。
そんな彼女の様子に気づいたのか、老人はふと語り出した。
「古書店ってのはね、ちょっと不思議な場所なんだ。
本というものを通して、時代も言葉も超えて、人は繋がれる。
そんな場所なんだよ」
その言葉が、少女の胸の奥にそっと触れた。
“繋がり”――
彼女がずっと怖くて、信じられなかったもの。
けれど、この人の口から聞くその言葉は、不思議とやさしくて、温かかった。
「……わたしも、繋がれるかな」
ぽつりと、少女はつぶやいた。
老人は、迷いのない目で彼女を見つめて言った。
「もちろんだとも。君がそう願うのならね」
少女の顔に、ふっと笑みが浮かんだ。
それは、母を亡くしてから、初めて見せた笑顔だった。
――それから。
少女は、古書店に足しげく通うようになった。
本の世界にふれられること。
自分を責めずに、そっと受け止めてくれる誰かがそこにいること。
ここでは、飾らない“ほんとうの自分”でいられる気がした。
何気ない出会いだったけれど――
その古書店は、少女にとってかけがえのない“居場所”になっていった。
ベンチに座って、静かに読書をしている。
まわりでは、他の子どもたちが空き缶をゴールに見立てて、元気にサッカーを楽しんでいた。
そんな賑やかな空気の中、彼女がページをめくっていたのは――
凪良ゆうの『流浪の月』という小説だった。
「どれだけ歪でも、心がちゃんと繋がっていれば、孤独は超えられる」
そんなメッセージが込められたその物語に、少女の胸は静かに震えていた。
気づけば、涙がひとすじ、頬をつたっていた。
その時。
ふと目の前に、一枚のハンカチが差し出された。
顔を上げると、そこには白髪まじりの優しそうな老人が立っていた。
「輪には入らないのかい?」
穏やかな声で、老人が笑う。
「同じくらいの歳の子たちみたいだけど」
少女はうつむいたまま、小さな声で言った。
「いいの。……わたし、ひとりの方が楽だから」
老人は、それ以上は何も聞かなかった。
ただ、にこりと微笑んで――
「そっか。じゃあ、暇だったら、うちに来ないかい?
本が好きなら、ちょっとした時間つぶしにはなると思うよ」
少女の頭の中に、学校で何度も聞かされた言葉がよぎった。
“知らない人にはついて行ってはいけません”
けれど、目の前の老人からは、どこかあたたかいものを感じた。
声のトーンも、話し方も、表情も――優しさで満ちていた。
それに何より、心を閉ざしていた少女には、まるでヒーローのようにさえ見えた。
老人がスタスタと歩き出すと、少女は思わずあとを追いかけた。
やがて着いたのは、商店街の外れ。
シャッターが下りた店が立ち並ぶ中で、ぽつんと一軒だけ、古びたお店の前で老人が立ち止まった。
「ここだよ」
少女が見上げると、そこには年季の入った木の看板。
文字は消えかけていたけれど、“古書店”と読めた。
「ここって……」
少女が不安げに聞くと、老人はにっこり微笑んで答えた。
「ここはね、わしの店だよ。古本屋さ」
少女は戸惑った。
“古書店”という言葉は知っていたけれど、実際に入ったことはなかった。
それに、なんだか……大人の世界のような気がして。
そんな彼女の様子に気づいたのか、老人はふと語り出した。
「古書店ってのはね、ちょっと不思議な場所なんだ。
本というものを通して、時代も言葉も超えて、人は繋がれる。
そんな場所なんだよ」
その言葉が、少女の胸の奥にそっと触れた。
“繋がり”――
彼女がずっと怖くて、信じられなかったもの。
けれど、この人の口から聞くその言葉は、不思議とやさしくて、温かかった。
「……わたしも、繋がれるかな」
ぽつりと、少女はつぶやいた。
老人は、迷いのない目で彼女を見つめて言った。
「もちろんだとも。君がそう願うのならね」
少女の顔に、ふっと笑みが浮かんだ。
それは、母を亡くしてから、初めて見せた笑顔だった。
――それから。
少女は、古書店に足しげく通うようになった。
本の世界にふれられること。
自分を責めずに、そっと受け止めてくれる誰かがそこにいること。
ここでは、飾らない“ほんとうの自分”でいられる気がした。
何気ない出会いだったけれど――
その古書店は、少女にとってかけがえのない“居場所”になっていった。