すき、という名前の花
小さい頃の彼女は、とても元気で活発な女の子だった。
 放課後になるとランドセルを投げ出して、近所の男の子たちとサッカーをしたり、泥だんごを作って服を真っ黒に汚したり。
 「男の子みたいだね〜」なんて、よくからかわれていたけど、それすらも笑い飛ばしていた。

 休日には家族で動物園や遊園地に出かけたり、アイスを食べながら手をつないで歩いたり。
 そんな何気ない日々が、彼女にとっては大切な宝物だった。

 ……でも、その時間は、長くは続かなかった。

 小学4年生のある日。
 突然、世界がひっくり返った。

 母親が、交通事故で帰らぬ人になった。
 警察は、「居眠り運転の車が歩道に突っ込んできたんです」と、淡々とそう告げた。

 その日を境に、父親の様子は一変した。
 仕事にも行かなくなり、朝から晩までお酒ばかり。
 ごはんも作ってもらえず、1日に一度だけ、父がコンビニにお酒を買いに行くついでに持って帰るお弁当が、少女の一日の食事になった。

 話しかけても返事はない。
 目も合わせてくれない。
 もう、あの頃の笑顔のパパはどこにもいなかった。

 学校にはなんとか通っていたけれど、教室の片隅で本を読むばかり。
 かつての明るさや好奇心は影をひそめ、彼女は自分の心に、そっと鍵をかけるようになってしまった。

 “繋がっているはずの人が、簡単にいなくなってしまう。”
 “家族って、そんなに簡単に壊れてしまうものなの?”

 そんな想いが、彼女の心をずっと苦しめていた。

 だから――
 今もまだ、誰かと心を通わせるのが、少し怖い。

 でも。
 そんな彼女にとって、たったひとつだけ、大切な場所がある。

 それは、商店街のはずれにある、ちいさな古本屋さんだった。
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