モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
 遊園地全体がライトアップされ、まるでステンドグラスのような光景が広がっていた。
 遊園地の目玉である観覧車の頂上から見下す景色は、それはそれは絶景だと言われている。
 百禾と玲央は、遊園地の締めにと、観覧車の列に並んでいた。
 順番が来たので、中に乗り込む。向かい合って座ると、機体はゆったり揺れて、百禾と玲央を頂上に誘う。

「うわー!やっぱりすごいなぁ。地上の星みたいだね」
「そうだな」

 ゆっくり頂上に上がっている。眼下には、遊園地のライトアップされた星々が散りばめられている。光の群れが幻想的で、百禾は完全に目を奪われていた。
 しかし、その対面に座る玲央はそれどころではない。

 今、せっかくの二人きりだ。気持ちを伝えるなら、今しかない。

 心臓の音が、ビックリするほどうるさい。太鼓のように脈打っている。このまま、オーバーヒートで壊れてしまうのではないか。

「なあ、百禾」
「なに?」
「そっちに座っていいか」
「どうぞ」

 百禾は上の空な様子で、軽く返事をする。玲央は百禾が我に返る前にと、百禾の隣に座る。肩が触れ合うような距離だ。それだけで玲央は手汗が出そうなのに、百禾は平然と外を見つめている。

「なあ、百禾」
「なに?」
「あのさ…」

 その時、ドォーンと腹を打ち鳴らす音が聞こえた。同時に、目の前が色とりどりの色彩で溢れる。

「わぁ、花火!ラッキーだったね、こんな近くで見れるとか」

 百禾が弾んだ声を上げる。相変わらず、百禾とは目が合わない。こっちを見ようとしない。
 玲央は百禾を囲うように、ガラスに両腕をついた。玲央の両腕と胸で、百禾を檻の中に囲う。

「百禾」

 耳元でもう一度呼びかけると、百禾はようやく玲央を振り返った。その顔を見て、ハッと玲央は息を呑んだ。
 百禾の瞳が、大きく玲央を映している。花火のせいだろうか、百禾の頬は薄らと桃色になっていた。百禾は緊張したように瞳を揺らし、唇を引き結んでいる。百禾の浅い息遣いが、間近に感じられた。

 そんな艶やかで愛らしい百禾の姿に、玲央は無意識に引き寄せられた。

 拒まれなかった。ただ当然のように、自然に、唇が重なった。

 唇から伝わる百禾の柔らかさと熱に、頭がクラクラする。百禾の甘い香りが、鼻腔いっぱいに広がる。玲央が薄ら目を開くと、百禾は目を閉じていた。
 堪らない気持ちになりながら、名残惜しく離れる。蕾が綻ぶように、百禾の瞳が開いた。百禾の瞳の奥に揺らめく赤に、玲央は生唾を飲み込んだ。
 百禾の後ろで、花火が揺れる。地上の星が波打つ。
 百禾の腕が、スルリと玲央の首に巻き付く。百禾の腕に引かれるまま、再び唇が重なった。
 今度はもう少し深く。小鳥が親鳥から餌を啄むように。互いの熱で、唇が溶けるようだった。
 微かな音と共に、熱が離れた。気が付けば頂上は過ぎ去り、もうすぐで終着点だ。
 互いの唇を繋ぐ銀色の糸が切れた時、百禾がほぅ…と息を吐いた。百禾の唇が、熟れたようにぷっくりと赤く染まっている。その艶かしさに、玲央は百禾の頬に手を添えた。

「これも、創作に使うか?」

 百禾は目を瞬かせると、くしゃりと玲央の髪を撫でた。

「ううん。使わない。これは、玲央と私の、二人だけの思い出がいい」

 穏やかな声音だった。
 なんでも創作の原料にする百禾が、玲央と自分だけの思い出にしたいと言う。

「…だめだ、好きすぎる…」 

 惚れた側が負けとはよく言われるが、玲央はもう大昔から百禾に完敗している。百禾になら、負けてもいい。
 むしろ負けたい。負けて、百禾といつまでも一緒にいたい。

 もう歯止めが効かない。
 百禾の柔らかさを知ってしまって、今更、気持ちに待ったをかけられない。

 百禾をきつく抱きしめて、玲央は百禾の首筋に顔を埋めた。玲央にとって媚薬の香りが、鼻腔をくすぐる。

「百禾…」
「なあに」
「好きだ」
「知ってるよ」

 きっと百禾が思っている以上に、玲央は百禾に対して、獣のような欲を抱いている。ついこの間まで恋愛小説に頭を抱えていた百禾では、受け止められないのではと思うほどの。
 
 百禾は玲央の髪を撫でると、玲央の顔を覗き込んだ。

「玲央、この前言ってたよね。キスは好きな人とするために、とっておくべきだって」
「ああ…言ったな」

 恋人とは何をするのかと、百禾と話をした時にそんなことを言った気がする。

「だから、したんだよ」

 つっと、百禾が玲央の唇を指でなぞった。その手を掴んで、玲央は百禾の手首に口付ける。

「晴れて恋人役卒業だな」
「うん」

 くすぐったそうに笑う百禾に、玲央もつられて笑う。
 2人の乗るゴンドラが、終着点に到着した。



 いつものカフェで、百禾はパソコンと睨めっこをしていた。
 恋愛小説を書き終わったので、新作を考えているのだ。
 アイデアだけは無限に湧いてくるので、あとはそれを形にしていく。だが、思いの外煮詰まってしまった。
 ううーんと唸っていると、ぽんと百禾の頭に手が置かれた。

「百面相してるぞ、百禾」
「あ、玲央」

 ひらりと手を振った玲央は、百禾の目の前にあるパソコンに目を落とした。

「また新作か?」
「うん。でもアイデアがまとまらなくて…」

 玲央はニヤリと笑うと、百禾の顔を覗き込んだ。

「また何か手伝うか?今度は何ごっこにする?」
「何?また恋人役でもやってくれるの?」

 玲央の意地悪に、百禾も負けじと言い返す。
 だが、玲央の方が一枚上手だった。

「それは役じゃなくてもできるな。役じゃなくなった分、むしろもっと積極的に迫るぞ」

 百禾の頭に手を置いて、玲央はぐっと顔を近づけてきた。
 玲央の端正な顔が目の前に迫る。
 いつかのキスを思い出して、百禾は目を見開いた。
 玲央の形の良い唇が、百禾の耳に言葉を紡ぐ。

「もっとドロドロになるまで甘やかしてやる」
「ちょっ…!」

 耳元で囁かれたことに、百禾は椅子から転げ落ちそうになった。膝から力が抜けてしまう。
 恨みがましい目で見ても、玲央はペロリと舌を出すだけだ。

 やっぱり、玲央は意地が悪い。百禾が、耳が弱いことを知ってやっている。
 それでも、嫌だと思わない。百禾しか知ることのできない玲央の顔だ。玲央に熱を上げている人たちだけでは、知ることのできない顔。それを百禾は、こんなに近くで見ることができる。
 百禾はニヤリと笑うと、玲央の襟を掴んで引き寄せた。つられて腰を曲げる玲央の耳元に、百禾は唇をつける。

「玲央の熱で溶けちゃうかもね」

 ボッと火がついたように赤くなった玲央の顔を見て、百禾はペロリと舌を出した。
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