モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
 休日、百禾と玲央は遊園地に来ていた。いつもよりオシャレをしてめかし込んだ百禾は、遊園地特有のワクワクする空間に瞳を輝かせていた。

「玲央、何乗る⁉︎私はジェットコースターに乗りたいんだけど」
「相変わらずジェットコースター好きだよな…。いいけど、あんまり激しいのは勘弁してくれよ」
「いいよー。玲央でも乗れるジェットコースターなら、あれだよね!」

 意気揚々と玲央を引っ張っていく百禾に、玲央は引き摺られるようについて行く。
 ジェットコースターの後も、メリーゴーランドやコーヒーカップ、船などを堪能する。
 ヨーロッパのような街並みを意識して作られた遊園地は、その場にいるだけで非現実を味わえる。
 池をゆったりと船で回る。煉瓦造りのレトロな建物、船乗りたちのオブジェ、一昔前の飛行機などが間近で見られる。それら全てに、百禾は目を輝かせていた。

「楽しそうだな」
「当たり前だよ!創作に使えそうなアイデアがゴロゴロ転がってるんだから!」

 拝み倒す勢いの百禾に、玲央は苦笑した。創作ができたから羽を伸ばすはずだったが、早速百禾の頭の中は、次の創作でいっぱいなのだろう。

 船を降りると、軽食のワゴンが来ていた。そこに長蛇の列が並んでいる。ワゴンの中を覗くと、遊園地のキャラクターをモチーフにした肉まんが、ほかほかと湯気を立てていた。

「美味しそう!」
「小腹も空いてきたし、並ぶか?」
「うんうん!」

 最後尾に二人で並ぶ。ワゴンが小さくしか見えないほど遠いので、会計までしばらくかかりそうだ。

「悪い、お手洗い行ってきていいか?」
「どうぞー。並んでるね」

 手を振って玲央を見送る。
 百禾は携帯を取り出した。
 推敲して全体を整えた恋愛小説を、この間、ついにサイトに投稿した。
 全体の反応はまずまずだったが、『きなこ』は大いに喜んでくれていた。
 『モカ』らしさを感じつつ、甘酸っぱくも焦ったい恋模様も感じることができたと、嬉しい長文の感想を送ってくれたのだ。
 マイページに入ると、今日の閲覧数などが確認できた。あまり増えていないが、減ってもいない。それなりの数の人たちに見てもらえているようだ。
 今はそれでいい。
 自分の書きたいものを書いて、投稿しているのだ。それを繰り返して、やっと大勢の人たちに認めてもらえるような作品を作っていきたい。
 小説を書くことを作業にしたくない。
 生み出す苦しみすらも楽しみたい。
 それこそが、創作者の醍醐味なのだ。

 ワゴンが見えてきた。あと数分もすれば、肉まんが手に入る。
 それにしても、玲央の帰りが遅い。お手洗いはすぐ近くにあるので、迷うはずがないのだが。
 ふと周囲を見渡してみると、二人組の女の子に絡まれている玲央が目に入った。玲央と歩いていればよくある、逆ナンというやつである。

(あの子たち、ガンガンいくなぁ)

 百禾はぼんやりとその様子を眺めた。
 二人組は、玲央を逃さないように玲央の行手を阻んでいる。うち一人は、玲央の腕に自分の腕を絡める始末だ。
 別に、見慣れた光景だ。玲央だってよくあることなので、あの手の誘いを断ることには慣れている。
 だから、ここで待っていればいい。肉まんを二人分買って、玲央が戻ってきた時に「大変だったね」と、笑って労ったらいいのだ。
 いつものことだ。
 いつものことなのに。

「あの、彼は私の連れなので、勝手に連れて行こうとしないでください」

 二人組を玲央から引き剥がして、百禾は玲央の腕を掴んだ。
 玲央が目を見開いて様子で百禾を見下す。百禾は玲央に構わず、二人組をキッと睨みつけた。その間も、百禾は玲央の腕をギュッと掴んで離さない。

「な…なら、あたしたちも一緒させてよ」
「そうそう。四人で遊ぼうよ」

 しつこい。
 百禾はスッと目を細めた。よっぽど玲央の気を引きたいらしい。
 百禾は玲央の腕に自分の腕を絡める。玲央の指に自分の指を差し込み、ギュッと握る。玲央の肩がビクッと跳ねた。

「この人、私の彼氏なの。せっかくのデートを邪魔しないで」

 百禾の声音が低くなった。二人組は流石に慌てた様子で、バタバタとその場を立ち去った。
 それを見送って、百禾はふんと鼻を鳴らした。

「ほんっと、しつこいったら」
「あの…百禾…?」
「ん?」

 玲央が動揺したように、そっと目線を落とした。その先には、玲央の腕に絡みつく百禾の腕がある。百禾は数秒固まって、パッと離れた。

「あ、えっと…ごめんね。せっかく、もうすぐ買えそうだったのに」

 また並び直しになっちゃった、と。
 百禾は顔を落としてそう言ったが、玲央から反応がない。恐る恐る顔を上げると、玲央が頬を真っ赤に染めて百禾を見つめていた。
 赤く熟れた林檎のような顔に、百禾の顔もまた、ぼっと赤が移る。

「な…なに、その顔」
「いや…反則……」

 玲央も自覚があるようで、唸り声を上げながら頭を抱えた。しまいには、膝から崩れ落ちている。

「…彼氏って…」
「だって、それは…!あ、あながち間違いじゃないでしょ⁉︎玲央は私の恋人役なんだから」
「まあ、それはそうだけどさ。破壊力すごいな…」

 はーと大きく息を吐いて、玲央は立ち上がった。すっかり頬の赤みは引いている。いつもの涼しげな顔の玲央になっていた。

「助かった。ありがとな、百禾。さ、並び直そうぜ」

 百禾の頭を優しく叩くと、玲央はワゴンの列に歩いて行った。その後ろ姿を見つめて、百禾は先ほどの自分の行動を振り返った。
 
 二人組のような人たちは、今までも呆れるほどゴロゴロいた。その度に、百禾は静観していた。厄介ごとには巻き込まれたくないし、玲央が自分でなんとかする。下手に百禾が玲央を庇っては、その方がややこしくなるのだ。
 それなのに。

 玲央は、私のことが好きなのに。

 そんな醜い感情が、土の中から顔を出した。

 玲央が想いを寄せてきるのは百禾なのだ。だから、そんなに玲央に言い寄らないでほしい。
 
 無意識に、そう思っていた。気付けば身体が勝手に動き、あまつさえ玲央のことを彼氏だと言って、彼女たちを追い払ってしまった。
 普段の自分なら、あんな角の立つことはしないし、挑発するような言い方だってしないのに。

 玲央が他の人に取られるのを恐れたのだ。誰よりも安心できる場所である玲央が、他の人の隣に立つことが嫌だったのだ。
 自分はなんてズルいんだろう。
 玲央が隣にいてくれることが当たり前になりすぎて、玲央の想いを知るまで考えたこともなかった。

 ただの幼馴染なんて関係では、いつまでも一緒にいることはできない。
 百禾が一緒にいてほしいと思っても、玲央が他に想う人がいれば、それだけで今の関係は、あっという間に崩れてしまうのだ。
 なんて脆い関係に、何年も胡座をかいていたのだろう。

「おーい、百禾?」

 玲央が手を振っている。百禾は返事をして、玲央のもとへ駆けて行った。
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