モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
開店前の美容院に、漫才でも見たかのような盛大な笑い声が響き渡った。
「ぶわっはっは‼︎何⁉︎それでお前、恋人役になって小説のモデルになんの⁉︎片思い拗らせまくってるのに⁉︎」
「うるさいですよ!言わないでください!」
先輩に散々弄られ、玲央はムッとそっぽを向いた。
休みの前日、百禾と約束していることをなぜか先輩に悟られてしまい、休み明けの出勤で根掘り葉掘り聞かれてしまったのだ。全くもってたまったものではない。
盛大に笑った先輩は、目尻に浮かんだ涙を拭いながら肩で息をしていた。
「はー笑った。やっぱ人の恋路ほどネタになるものってないなぁ」
「引っ叩きますよ」
「おおー怖〜。百禾ちゃんに言っちゃお」
「どうぞご自由に。あいつに何言われようと、俺は痛くも痒くもないので」
「幼稚園の頃から片思い拗らせまくってるヘタレだって言ってやろ」
「……………それは勘弁してください」
軽口を叩き合いながら、玲央は着々と開店に向けて準備を進めた。ヘアカットに必要な道具を揃えて、シャンプーなどの補充も行う。
玲央の勤務する美容院は、腕の立つ美容師が揃う評判の店だ。ほとんどが客による美容師の指名制だ。常連客が周囲に評判を広めてくれたおかげで、新規客も入ってくれる。
今日は玲央の常連がヘアカットの予約を入れていた。
「玲央くん、今日もよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。いつものようにカットでよろしかったですか?」
「ええ。お願いします」
彼女は波沢菜月という、四つほど歳上らしい常連客だ。玲央が美容師一年目の時から通ってくれている。更に言えば、玲央の最初の常連が彼女だ。えくぼが印象的な美人で人当たりもよく、美容師の中で密かに人気者だ。
シャンプーを終えてから、肩甲骨のあたりで髪に鋏を入れて切っていく。ショリショリと軽やかな音を立てながら、髪がしなやかに床に落ちていく。
「はーやっぱり、玲央くんのカットが一番しっくりくるわ」
「ありがとうございます。波沢さんは、この後出勤ですか?」
「そうなの〜。今日も上司にいじめられてくるわ」
「大変ですね」
玲央が相槌を打つと、菜月はペラペラと愚痴を言う。菜月はおしゃべりが好きで、カットの最中によく喋る。そのほとんどは、専ら上司の愚痴だ。よっぽど波長の合わない相手のようで、菜月はぶつくさと唇を尖らせている。
「玲央くんはどう?仕事でしんどいと思うことはない?」
「はい。先輩たちも優しいですし、ヘアカットの仕事は楽しいので。毎日充実していますよ」
「いいわね〜。あたしなんて、上司に怒られるし、恋人には振られるしで散々よ」
「…え、そんなことがあったんですか」
少し大袈裟に驚いて見せれば、菜月は盛大なため息と共に言葉を垂れ流し始めた。
「浮気されたのよ。あたしが最近、あいつの相手をしていなかったことが原因らしいわ。でも、それと浮気は関係ないわよね⁉︎浮気している方が悪いのに、なぜかあたしが責められるのよ!あたしの方が泣きたいわよ!仕事を頑張って何が悪いのよ!あっちは仕事なんて名ばかりのニートのくせに!あたしが汗水垂らして働いてる間、部屋に女連れ込んでたなんてサイテー!それを悪びれることなく、むしろバレたなら隠す必要ないって、堂々とあたしに見せつけるのよ!人間性を疑うわ!あんなろくでなしな、腐った人間だなんて思ってなかった!」
思った以上に泥沼な話だった。菜月は恋人の浮気現場に出会して、あまつさえそれを見せつけられてしまったのだろう。何とも想像もしたくない修羅場である。
「…え、それで、どうして波沢さんが振られるんですか」
この流れはどう見ても、菜月が恋人を振る流れだろう。
菜月は悔しそうに歯をカチカチ鳴らした。
「女が泣いたのよ。この人を好きになってごめんなさい、わたしが悪いんです、罰ならわたしに与えてくださいって。あいつ、それを間に受けて、あたしを部屋から追い出したのよ。あたしみたいな気の強いだけの可愛げのない女はいらないって」
「…散々な目に遭いましたね」
「でしょう?しかもそれをベッドの中で言うのよ⁉︎どう考えてもおかしいでしょう!気が狂うかと思ったわ」
修羅場すぎて言葉も出ない。突っ込んで聞かなければよかったと後悔する。それに比べて、本の世界に浸ることが幸せと思っている百禾は、何と平和なのだろう。昨日会ったばかりだというのに、もう百禾から癒しが欲しいと思ってしまう。
玲央はこっそりため息をつくと、さりげなく話題を変えた。それからは菜月もご機嫌で話も弾み、なんとかヘアカットの時間を乗り越えたのだった。
「今日の波沢さん、荒れてたなぁ」
「まあ、恋人とあんなことがあったなら、荒れますよね」
「お前も、百禾ちゃんが浮気したら荒れるんだろうなぁ」
「百禾は浮気なんて下衆なことはしませんよ」
「出た惚気〜」
「そもそも付き合ってないので、浮気も何もないですし」
自分で言っていて虚しくなるが、事実なのだから仕方がない。昔も今も、百禾は本に浸る生活を送っているが、百禾が恋を覚えたらどうなるのか、幼馴染の玲央でも想像できない。
思いがけず恋人(仮)の立場を手に入れてしまったが、もし百禾が恋を知ったら、そこで玲央の役目は終わりだ。その時、玲央は平静のまま百禾の手を離せるだろうか。
正直自信がないなと、玲央は首を摩った。
大学に到着した百禾は、早速パソコンを開いた。今は小説を書くためではなく、大学の授業の課題確認のためだ。教育学部に所属している百禾は、今日は国語の模擬授業の準備をしていた。必要な資料を確認していると、同じ授業をとっている学生たちが続々と教室に入ってくる。
「百禾おはよー」
「おはよう、梨耶子ちゃん。眠そうだね」
「眠いわよー。元カレが全然離してくれなくてさ〜」
「そっか。大変だね」
木村梨耶子の話はいつも彼氏のことばかりだ。しかも取っ替え引っ替えしているようで、話題に出てくる男はいつも別人だ。
百禾にはどうしても、何人もの人と頻繁に付き合って別れてを繰り返す気持ちが分からない。そんなことをしているなら、本を読んでいたい。本の中の恋人たちの話にときめきたい。
リアルな人間にときめく気持ちが、どうしても分からなかった。
人間は醜い。物語の登場人物のように、清廉潔白な人がいるはずもなく、誰かしら闇を抱えている。そんな中で、どうして恋愛ができるんだろう。
「ねー百禾、聞いてる?」
「聞いてるよ。彼氏さんの部屋にいたら、別の女の人が乗り込んできたんでしょ?」
「そうなの!まさか彼女がいたなんて!しかも、聞いてたら同棲してるって言うじゃない?わたしが遊び相手かよ!ってなって、ソッコー別れてやったわ」
「で?でも、昨日はその人と一緒だったんでしょ?」
「あんまり連絡がしつこいから、うるさいって言いに行ったら部屋に連れ込まれたんだよね。彼女と別れて寂しいとか抜かすの。そんなの知らねえよって感じ。もうここまでの道中に、連絡先消してやったわ」
なぜ会いに行く。
百禾はげんなりとしたが、ため息はかろうじて堪えた。文句を言いながらも、梨耶子は瞳がキラキラしている。やっぱり、よく分からない。
「ねー、百禾は彼氏作らないの?百禾ならすぐ作れると思うんだけど」
「んー、作ろうと意気込んで作るものじゃないと思うし、今はいいかな」
「えー、もったいなーい」
机にしなだれかかる梨耶子に、百禾は苦笑した。
玲央に恋人役を頼んだが、あくまでそれは仮だ。小説のためであって、本当の恋人ではない。玲央に彼女ができるなら、すぐにでも辞めるつもりだ。
そういえば、玲央は大層モテるというのに、今まで彼女を作ったことがなかった。その理由を、今度会った時に聞いてみてもいいかもしれない。恋愛小説の参考にしよう。
百禾は本好きなことは知られているが、小説を書いていることは大学の誰にも言っていなかった。そのため、恋多き梨耶子からアドバイスをもらうことは難しい。そもそも梨耶子の恋愛観は、百禾には理解し難かった。話を聞いても、小説に落とし込めるくらい百禾が噛み砕くことができるかどうかだ。
百禾がパソコンに目線を落としたと同時に、百禾の携帯が震えた。画面を見ると、玲央からメッセージが来ていた。
「んー?誰から?」
「幼馴染から。今日一緒にご飯食べよって」
「その幼馴染って、あのイケメンくんだよね。優良物件だろうに、なんで付き合わないかな〜」
「向こうがその気じゃないし。そもそも、私にはもったいない人だよ」
玲央は、基本的には真面目で誠実だ。玲央なら、誰とでもうまくやっていけるだろう。難ありなのは、身内に甘えてちょっかいをかける程度だ。玲央ならば、許容範囲でむしろ可愛いと思う女性も多いだろう。
梨耶子はこくんと首を傾げた。
「じゃあ、彼がその気になったら百禾は付き合うの?」
「さあ?想像もしたことないかな」
百禾と玲央は幼稚園の頃からの付き合いだ。互いの家も歩いて三十秒の距離にあり、両親も仲が良かった。もはや百禾にとって、玲央は家族同然である。そんな相手と色恋の絡んだ関係になることが想像できない。玲央は百禾の弟のようで、兄のようで、自身の片割れのような存在なのだ。
始業のチャイムが鳴った。百禾は、教室に入ってきた講師に対して礼をとった。
「ぶわっはっは‼︎何⁉︎それでお前、恋人役になって小説のモデルになんの⁉︎片思い拗らせまくってるのに⁉︎」
「うるさいですよ!言わないでください!」
先輩に散々弄られ、玲央はムッとそっぽを向いた。
休みの前日、百禾と約束していることをなぜか先輩に悟られてしまい、休み明けの出勤で根掘り葉掘り聞かれてしまったのだ。全くもってたまったものではない。
盛大に笑った先輩は、目尻に浮かんだ涙を拭いながら肩で息をしていた。
「はー笑った。やっぱ人の恋路ほどネタになるものってないなぁ」
「引っ叩きますよ」
「おおー怖〜。百禾ちゃんに言っちゃお」
「どうぞご自由に。あいつに何言われようと、俺は痛くも痒くもないので」
「幼稚園の頃から片思い拗らせまくってるヘタレだって言ってやろ」
「……………それは勘弁してください」
軽口を叩き合いながら、玲央は着々と開店に向けて準備を進めた。ヘアカットに必要な道具を揃えて、シャンプーなどの補充も行う。
玲央の勤務する美容院は、腕の立つ美容師が揃う評判の店だ。ほとんどが客による美容師の指名制だ。常連客が周囲に評判を広めてくれたおかげで、新規客も入ってくれる。
今日は玲央の常連がヘアカットの予約を入れていた。
「玲央くん、今日もよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。いつものようにカットでよろしかったですか?」
「ええ。お願いします」
彼女は波沢菜月という、四つほど歳上らしい常連客だ。玲央が美容師一年目の時から通ってくれている。更に言えば、玲央の最初の常連が彼女だ。えくぼが印象的な美人で人当たりもよく、美容師の中で密かに人気者だ。
シャンプーを終えてから、肩甲骨のあたりで髪に鋏を入れて切っていく。ショリショリと軽やかな音を立てながら、髪がしなやかに床に落ちていく。
「はーやっぱり、玲央くんのカットが一番しっくりくるわ」
「ありがとうございます。波沢さんは、この後出勤ですか?」
「そうなの〜。今日も上司にいじめられてくるわ」
「大変ですね」
玲央が相槌を打つと、菜月はペラペラと愚痴を言う。菜月はおしゃべりが好きで、カットの最中によく喋る。そのほとんどは、専ら上司の愚痴だ。よっぽど波長の合わない相手のようで、菜月はぶつくさと唇を尖らせている。
「玲央くんはどう?仕事でしんどいと思うことはない?」
「はい。先輩たちも優しいですし、ヘアカットの仕事は楽しいので。毎日充実していますよ」
「いいわね〜。あたしなんて、上司に怒られるし、恋人には振られるしで散々よ」
「…え、そんなことがあったんですか」
少し大袈裟に驚いて見せれば、菜月は盛大なため息と共に言葉を垂れ流し始めた。
「浮気されたのよ。あたしが最近、あいつの相手をしていなかったことが原因らしいわ。でも、それと浮気は関係ないわよね⁉︎浮気している方が悪いのに、なぜかあたしが責められるのよ!あたしの方が泣きたいわよ!仕事を頑張って何が悪いのよ!あっちは仕事なんて名ばかりのニートのくせに!あたしが汗水垂らして働いてる間、部屋に女連れ込んでたなんてサイテー!それを悪びれることなく、むしろバレたなら隠す必要ないって、堂々とあたしに見せつけるのよ!人間性を疑うわ!あんなろくでなしな、腐った人間だなんて思ってなかった!」
思った以上に泥沼な話だった。菜月は恋人の浮気現場に出会して、あまつさえそれを見せつけられてしまったのだろう。何とも想像もしたくない修羅場である。
「…え、それで、どうして波沢さんが振られるんですか」
この流れはどう見ても、菜月が恋人を振る流れだろう。
菜月は悔しそうに歯をカチカチ鳴らした。
「女が泣いたのよ。この人を好きになってごめんなさい、わたしが悪いんです、罰ならわたしに与えてくださいって。あいつ、それを間に受けて、あたしを部屋から追い出したのよ。あたしみたいな気の強いだけの可愛げのない女はいらないって」
「…散々な目に遭いましたね」
「でしょう?しかもそれをベッドの中で言うのよ⁉︎どう考えてもおかしいでしょう!気が狂うかと思ったわ」
修羅場すぎて言葉も出ない。突っ込んで聞かなければよかったと後悔する。それに比べて、本の世界に浸ることが幸せと思っている百禾は、何と平和なのだろう。昨日会ったばかりだというのに、もう百禾から癒しが欲しいと思ってしまう。
玲央はこっそりため息をつくと、さりげなく話題を変えた。それからは菜月もご機嫌で話も弾み、なんとかヘアカットの時間を乗り越えたのだった。
「今日の波沢さん、荒れてたなぁ」
「まあ、恋人とあんなことがあったなら、荒れますよね」
「お前も、百禾ちゃんが浮気したら荒れるんだろうなぁ」
「百禾は浮気なんて下衆なことはしませんよ」
「出た惚気〜」
「そもそも付き合ってないので、浮気も何もないですし」
自分で言っていて虚しくなるが、事実なのだから仕方がない。昔も今も、百禾は本に浸る生活を送っているが、百禾が恋を覚えたらどうなるのか、幼馴染の玲央でも想像できない。
思いがけず恋人(仮)の立場を手に入れてしまったが、もし百禾が恋を知ったら、そこで玲央の役目は終わりだ。その時、玲央は平静のまま百禾の手を離せるだろうか。
正直自信がないなと、玲央は首を摩った。
大学に到着した百禾は、早速パソコンを開いた。今は小説を書くためではなく、大学の授業の課題確認のためだ。教育学部に所属している百禾は、今日は国語の模擬授業の準備をしていた。必要な資料を確認していると、同じ授業をとっている学生たちが続々と教室に入ってくる。
「百禾おはよー」
「おはよう、梨耶子ちゃん。眠そうだね」
「眠いわよー。元カレが全然離してくれなくてさ〜」
「そっか。大変だね」
木村梨耶子の話はいつも彼氏のことばかりだ。しかも取っ替え引っ替えしているようで、話題に出てくる男はいつも別人だ。
百禾にはどうしても、何人もの人と頻繁に付き合って別れてを繰り返す気持ちが分からない。そんなことをしているなら、本を読んでいたい。本の中の恋人たちの話にときめきたい。
リアルな人間にときめく気持ちが、どうしても分からなかった。
人間は醜い。物語の登場人物のように、清廉潔白な人がいるはずもなく、誰かしら闇を抱えている。そんな中で、どうして恋愛ができるんだろう。
「ねー百禾、聞いてる?」
「聞いてるよ。彼氏さんの部屋にいたら、別の女の人が乗り込んできたんでしょ?」
「そうなの!まさか彼女がいたなんて!しかも、聞いてたら同棲してるって言うじゃない?わたしが遊び相手かよ!ってなって、ソッコー別れてやったわ」
「で?でも、昨日はその人と一緒だったんでしょ?」
「あんまり連絡がしつこいから、うるさいって言いに行ったら部屋に連れ込まれたんだよね。彼女と別れて寂しいとか抜かすの。そんなの知らねえよって感じ。もうここまでの道中に、連絡先消してやったわ」
なぜ会いに行く。
百禾はげんなりとしたが、ため息はかろうじて堪えた。文句を言いながらも、梨耶子は瞳がキラキラしている。やっぱり、よく分からない。
「ねー、百禾は彼氏作らないの?百禾ならすぐ作れると思うんだけど」
「んー、作ろうと意気込んで作るものじゃないと思うし、今はいいかな」
「えー、もったいなーい」
机にしなだれかかる梨耶子に、百禾は苦笑した。
玲央に恋人役を頼んだが、あくまでそれは仮だ。小説のためであって、本当の恋人ではない。玲央に彼女ができるなら、すぐにでも辞めるつもりだ。
そういえば、玲央は大層モテるというのに、今まで彼女を作ったことがなかった。その理由を、今度会った時に聞いてみてもいいかもしれない。恋愛小説の参考にしよう。
百禾は本好きなことは知られているが、小説を書いていることは大学の誰にも言っていなかった。そのため、恋多き梨耶子からアドバイスをもらうことは難しい。そもそも梨耶子の恋愛観は、百禾には理解し難かった。話を聞いても、小説に落とし込めるくらい百禾が噛み砕くことができるかどうかだ。
百禾がパソコンに目線を落としたと同時に、百禾の携帯が震えた。画面を見ると、玲央からメッセージが来ていた。
「んー?誰から?」
「幼馴染から。今日一緒にご飯食べよって」
「その幼馴染って、あのイケメンくんだよね。優良物件だろうに、なんで付き合わないかな〜」
「向こうがその気じゃないし。そもそも、私にはもったいない人だよ」
玲央は、基本的には真面目で誠実だ。玲央なら、誰とでもうまくやっていけるだろう。難ありなのは、身内に甘えてちょっかいをかける程度だ。玲央ならば、許容範囲でむしろ可愛いと思う女性も多いだろう。
梨耶子はこくんと首を傾げた。
「じゃあ、彼がその気になったら百禾は付き合うの?」
「さあ?想像もしたことないかな」
百禾と玲央は幼稚園の頃からの付き合いだ。互いの家も歩いて三十秒の距離にあり、両親も仲が良かった。もはや百禾にとって、玲央は家族同然である。そんな相手と色恋の絡んだ関係になることが想像できない。玲央は百禾の弟のようで、兄のようで、自身の片割れのような存在なのだ。
始業のチャイムが鳴った。百禾は、教室に入ってきた講師に対して礼をとった。