モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
「で?恋人役になって、何すればいいんだ?」

 玲央の勤務が終わり、百禾はレストランで彼と落ち合った。
 リーズナブルな値段でイタリアンが食べられる、ファミリーレストランである。百禾はドリアを、玲央はパスタとピザを頼んでいた。玲央はモデルのようなプロポーションを持ちながら、かなりの大食いだ。百禾は食べることが大好きだが、胃袋が小さくて悔しい思いをすることが多い。玲央の胃袋が純粋に羨ましい。
 提供されたドリアを突きながら、百禾はうーんと唸った。

「恋人なんだから、恋人らしいことができたらいいかな」
「具体的には?」
「……デート、とか?」
「…それ、俺たちに必要か?」
「二人で出かけるとか、散々やって来たよね。じゃあ趣向を変えて、お家デート!どう?定番じゃない⁉︎」
「幼稚園の頃から互いの家行き来しあってるだろ」
「うーーん。あれー?玲央と恋人らしいことって、意外とできない…⁉︎人選ミスってた…⁉︎」
「おいっ!」
「冗談冗談。うーん、他ねぇ…。ハグとか?」
「ハグ」

 途端に玲央がグッと押し黙った。それに気づかず、百禾は今まで読んできた少女漫画や恋愛小説から、『恋人』たちがしてきたことを羅列していく。

「ハグ、デート、あだ名呼び、おはようとおやすみの連絡、共通の趣味、ゲーム、手料理、温泉旅行、恋人繋ぎ、キス」
「ぶっ⁉︎」

 突然玲央がパスタに咽せて吹き出した。百禾は一瞬身体を引いて、ため息と共に手拭きを渡した。

「あーもー、何やってんの?大丈夫?」
「…………大丈夫」

 腹の底から絞り出すような声を出して、玲央が机を拭く。

「水いる?」
「いい。大丈夫だから」

 なんとか調子を整えたらしい玲央が、咳払いをして百禾を見た。

「あのな、キスはやめておいた方がいいと思う」
「どうして?」
「どうしてってお前…!そういうのは、好きな人とするものだろ」
「それもそうか」

 百禾があっさり引き下がったので、玲央はほっと息をついた。
 百禾は小説のことになると、途端にタガが外れたようになる。玲央がブレーキをかけなければ、百禾は見ず知らずの相手と「経験だから」とキスしかねない。玲央に突然仮恋人を提案してきたテンションで、そのまま突っ走ってしまうだろう。
 玲央だって、百禾とキスできたら嬉しい。だが、それは今ではない。百禾の気持ちが伴わないのに、できるわけがない。

「うーん、じゃあ玲央の思う恋人像って何?」
「俺は、そうだな…。一緒にいて安心できる人。それでいて、目が離せない人。お互いを尊重し合える人、かな」
「結構しっかりした回答でビックリしてるよ」

 百禾は持ち歩いているメモ帳に、玲央の言葉を記載していく。

「あ、あと個人的に気になったことがあるんだけどね」
「どうした?」
「玲央って、どうして恋人を作らなかったの?学生時代から告白されまくってたのに、ずっと首を縦に振らなかったでしょ?」

 玲央の学生時代のモテ具合は尋常ではなかった。一時は、芸能人でもいるのかと錯覚するほど、玲央の前には告白の列ができていた。その中には、学校のマドンナと呼ばれるほどの美貌の女子生徒もいたのだ。それでも玲央は頑なに告白を拒んでいた。

「あのマドンナまで、玲央にフラれたって私に泣きついてきたからね〜。なんでわたしがフラれるの⁉︎って。私と喋ったことなかったっていうのに、散々愚痴聞かされたなぁ。後にも先にも、あの人と喋ったのってあれ一回きりだよ」
「いや、なんでいけると思うんだよ。俺だってあの人と喋ったことほとんどなかったぞ。やたら絡んでくる面倒くさい奴だなとは思ってたけど」
「うわー大丈夫?世の中の男性たち敵にまわさない?」
「むしろくれてやる、あんな高飛車で自意識過剰な女」
「うわー。玲央がここまで嫌悪感示すなんて珍しい…。てことは、知らない子ばっかりだったから、告白を断ってたってこと?」
「いや、まあ、そういうわけでは…」
「ん?何で濁す?」

 玲央がごしょごしょと口先で何か言っている。目もウロウロしていて、パスタを意味もなくフォークでクルクル巻いている。

「別に、付き合うメリットなかったし…」
「可愛い子たちばっかりだったじゃん」
「俺が好きな人に好かれないと意味ないだろ」
「はぁ?てことは玲央、好きな人がいたってこと?」

 まさかの新情報に、百禾は食いついた。恋愛の「れ」の字もなかった玲央から、まさか好きな人というワードが出ようとは。明日は大雨かもしれない。
 思わず机に身を乗り出した百禾に、玲央が身体を引く。

「いや、まぁ、うん…そうだな」
「へー知らなかった!え、誰?どんな人?私の知ってる人?」
「どんな人って…。明るい、表情がコロコロ変わる、あとは生粋の本好き」
「本好き⁉︎私と話合うかも!えー、誰だろう。学生時代でしょ?同級生かな、いや、年上の可能性もあるか…!」

 うんうん唸る百禾に、玲央は複雑だった。本好きというワードを出したというのに、百禾は、玲央の好きな人が自分という可能性を頭から排除している。
 百禾にとって玲央は全く眼中にないのだと、目の前で突きつけられたようだ。

「…俺は、まだその人のこと好きなんだよ」
「え、そうなの?学生時代からってことは、随分一途だね。ごめん、気付かなかった。今その人何してる人?告白はしたの?」
「いや、これからする。言わなきゃいつまで経っても、友だちのままだろうからな」

 居住まいを正した玲央に、百禾もつられて背筋を伸ばした。いつになく真剣な顔の玲央は、映画のワンシーンに出てきそうな雰囲気を醸し出している。

「柳百禾。それが、俺の好きな人だ」

 ファミレスの喧騒が遠ざかった。
 百禾は言われたことが理解できず、目を瞬かせた。見慣れた玲央の顔が、急に知らない何かに見える。
 冗談だろうか。そうだ、きっと職場の何かの罰ゲームで、告白イベントを強制されたのだろう。

「言っておくが、冗談じゃないからな。俺はずっと前から百禾のことが好きで、ただの幼馴染として振る舞っていただけだからな」

 冗談ではないと言われてしまった。
 そもそも玲央の真剣な顔を見れば、冗談でないことは嫌というほど伝わってくる。
 絶句している百禾に切ない顔を向けながら、玲央は目を逸らした。

「返事はいい。急に言われてビックリしてるだろうし。俺だって、ここで言うつもりもなかったからな。恋人役も、小説の役に立つならこのまま引き受ける。安心しろ、いきなり襲うような真似はしない」
「…玲央は、それでいいの?」

 あまりに百禾に配慮しすぎではないだろうか。
 玲央の言葉を完全に咀嚼できたわけではない。だが、少なくとも好意を抱く相手に恋人役を頼まれて、平静でそれをできるのだろうか。しかも、返事はいらないときた。
 玲央はジロリと百禾を見ると、ピザを手に取った。

「俺は今まで、鋼の理性でお前からの煽りを耐えてきたんだ。今更どうってことない。でも忘れるなよ。目の前には、百禾を食いたい獣が待てをして座ってるってことをな」

 そう言い切って、玲央はピザを口に含んだ。もぐもぐと口を動かすその仕草を見て、百禾はコツンと机に頭をぶつけた。
 もう何が何やら分からない。
 とりあえず。

「………ハイ」

 蚊の鳴くような声で、か細く返事をするしかなかった。
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