モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
衝撃の告白から一夜明け、百禾はむくりと身体を起こした。
頭を殴られたような衝撃で、昨夜は一睡もできなかった。玲央の言葉が頭をずっと駆け巡って、離れてくれなかった。
『俺はずっと前から百禾のことが好きで、ただの幼馴染として振る舞っていただけだからな』
一体いつからなのだろう。全く分からなかった。玲央の百禾に対する態度は、昔から変わっていない。今も昔も、百禾にとって玲央は安心できる、自分を曝け出せる相手だ。ある意味、家族以上に素を見せている気がするほどだ。
それが。
『俺は今まで、鋼の理性でお前からの煽りを耐えてきたんだ』
「いや、いつ煽ったよ私が!」
玲央の言葉を反芻して、百禾は一人で突っ込んだ。
玲央の前にいる百禾は小説バカと言っても過言ではないほど、本の話しかしていない。小学生の頃から本好きなので、昔は玲央にも「本バカ」と揶揄われていた。今ではそれが百禾だと、玲央は諦めたように、いや呆れたように笑っているが。
「…本当に玲央って、私のこと好き?本当に?」
思い返してみても、玲央が百禾を好きになるタイミングなんてないはずだ。幼馴染フィルターでもかかっているのではないだろうか。
頭が現実を直視することを拒否している。
これ以上考えても無駄だと、百禾はベッドから這いずり出た。
食パンを焼いて、その間にスクランブルエッグを作る。焼き上がった食パンの上にスクランブルエッグを乗せて、簡易な玉子オープンサンドの完成だ。
今日は大学の授業はない。アルバイトまで時間があるので、百禾はパソコンを開いた。
小説投稿サイトにログインすると、マイページにメッセージが来ていた。宛名を見ると、『きなこ』さんからだ。文面には、「自分の勝手なリクエストで悩ませていたら申し訳ない。ただ読んでみたいだけなので、モカさんの筆がのった時に書いてほしい。私はモカさんのファンなので、いつまでも待つ」と言うことが、丁寧な言葉で綴られていた。
「うう〜ん…!」
百禾は頭を抱えた。
ちょうど、書きたい小説は今のところ書き切っていた。別のアイデアも温めている最中で、すぐに新作を投稿することはできない。『きなこ』さんが待っていると言ってくれているので、その言葉に甘えてしまうか。それとも、短編小説を投稿してみるか。悩ましいところである。
ひとまず、恋愛小説のプロットを作るために、新しいファイルを開く。しかし考えようとすると、玲央の言葉がぐるぐると頭を巡る。
「…そうだ、これを書いてみたらいいんじゃない?」
恋愛を体験したくて、玲央に恋人役を頼んだのだ。その体験を、雑多でもいいので書き出してみよう。
百禾は手近にあった創作ノートを手に取ると、ペンで走り書きをしていった。
思いがけない相手からの告白。それに動揺するキャラクター。
その相手は誰か。とりあえず、幼馴染にしておこう。
現代小説にするか、それとも、百禾が馴染んでいるファンタジー世界の小説にするか。キャラクターの年齢はどうしよう。どんな個性を持った子だろうか。趣味は何?何が好き?
ペンが動き始めたら止まらない。
キャラクターを創るというより、ペン先から生まれる人物と対話をしているようだ。百禾の質問に、その人が答えてくれる。
集中して四時間、気づけば昼ごはんの用意をして、アルバイトに行かなければならない時間になっていた。
ふうと息をついてノートを見返す。そこには、百禾の書き殴ったキャラクターの構想が散りばめられていた。さて、ここからどう話を膨らませていこう。
だがその前にアルバイトである。
百禾は慌てて昼食の準備をして身だしなみを整え、部屋を飛び出した。
百禾のアルバイト先は児童館だ。教育学部を専攻していることもあり、実地経験を積みたいと、そこの門を叩いたのだ。
児童館は、午前中が乳幼児親子の取り組みをしていて、午後から小学生の学童としての機能を持つ。百禾はそこの学童のアルバイトをしていた。主な担当業務は、小学生のお守りだ。
「こんにちは」
「あ、こんにちは!柳先生、今日もありがとう」
児童館に入ると、職員五人が朗らかに挨拶をしてくれる。
小学生が帰ってくるまで時間があるので、行事で使う小物の制作を行った。今回は、乳幼児親子のクラブで扱う、鯉のぼり制作の準備だった。
「ねえちょっと聞いてくれない?」
鯉のぼりの目のパーツを画用紙で切っていると、これまた鱗を画用紙で切っていた職員・寺島理恵が早口で喋り始める。
「最近旦那が、全然家事を手伝ってくれないの!ゴミは出しっぱなし、食器は下げない、洗わない、洗濯物は畳まない、トイレ掃除をしない、お風呂掃除をしない、休日はずっとゲームだけ。こっちだって働いているのに、家事を手伝ってって言うだけで、『仕事で疲れてるんだよ。家にいる時くらいリフレッシュさせてくれ』だって。私だって働いているのに!」
寺島先生が、ダンッと机に画用紙を叩きつける。それを聞きながら、百禾は苦笑した。
「た、大変ですね…」
「ほんとよ!百禾先生は、結婚とかはこれからでしょ?いい人見つけないとダメだよ!惰性で暮らすような奴は絶対ダメだからね!」
確か寺島先生は新婚だったはずだ。それがすでに、こんなに愚痴をこぼしたくなるほどになっているとは。
やはり結婚と恋愛は別物なのだろうかと思っているうちに、小学生が児童館に帰ってくる時間になった。
「柳先生だ!」
「ただいまー!」
「おかえり!手を洗って、お茶を飲んでね!」
小学生が汗をかきながら児童館に帰ってくる。
小学生の漲るパワーはキラキラしていて、まるで宝石のようである。今日も響く明るい声に、百禾は笑みが溢れた。
やはり、小学生の純粋無垢さが眩しい。
小学生が思い思いに遊び始めた頃、百禾は大人しい少女に袖を引っ張られた。
「ねえねえ、柳先生は好きな人いる?」
今日はいろいろな恋バナを聞く日である。
百禾はふるふると首を横に振った。
「いないけど、どうしたの?」
「あのね、今日友だちに好きな人ができて〜って話を聞いたんだけど、好きな人ってどんな人なのかなって」
「えー!好きな人がどんな人か、なんてすぐ分かるじゃん!」
そこに溌剌とした少女が素早く話題に入ってきた。
「えー分かんないよ」
「だって、ドキドキしてキュンキュンして、近くにいたらブワーって楽しいって思う人のことでしょ?」
その定義に当てはめたら、百禾にとっての玲央は該当しない。玲央は側にいると、呼吸が楽になる存在だ。心が安らぎ、ホッと安心できる。
なら、それは「好き」とは言わないのだろうか。
玲央にとって、百禾はどんな存在なのだろう。玲央の「好き」は何なのだろうか。
頭を殴られたような衝撃で、昨夜は一睡もできなかった。玲央の言葉が頭をずっと駆け巡って、離れてくれなかった。
『俺はずっと前から百禾のことが好きで、ただの幼馴染として振る舞っていただけだからな』
一体いつからなのだろう。全く分からなかった。玲央の百禾に対する態度は、昔から変わっていない。今も昔も、百禾にとって玲央は安心できる、自分を曝け出せる相手だ。ある意味、家族以上に素を見せている気がするほどだ。
それが。
『俺は今まで、鋼の理性でお前からの煽りを耐えてきたんだ』
「いや、いつ煽ったよ私が!」
玲央の言葉を反芻して、百禾は一人で突っ込んだ。
玲央の前にいる百禾は小説バカと言っても過言ではないほど、本の話しかしていない。小学生の頃から本好きなので、昔は玲央にも「本バカ」と揶揄われていた。今ではそれが百禾だと、玲央は諦めたように、いや呆れたように笑っているが。
「…本当に玲央って、私のこと好き?本当に?」
思い返してみても、玲央が百禾を好きになるタイミングなんてないはずだ。幼馴染フィルターでもかかっているのではないだろうか。
頭が現実を直視することを拒否している。
これ以上考えても無駄だと、百禾はベッドから這いずり出た。
食パンを焼いて、その間にスクランブルエッグを作る。焼き上がった食パンの上にスクランブルエッグを乗せて、簡易な玉子オープンサンドの完成だ。
今日は大学の授業はない。アルバイトまで時間があるので、百禾はパソコンを開いた。
小説投稿サイトにログインすると、マイページにメッセージが来ていた。宛名を見ると、『きなこ』さんからだ。文面には、「自分の勝手なリクエストで悩ませていたら申し訳ない。ただ読んでみたいだけなので、モカさんの筆がのった時に書いてほしい。私はモカさんのファンなので、いつまでも待つ」と言うことが、丁寧な言葉で綴られていた。
「うう〜ん…!」
百禾は頭を抱えた。
ちょうど、書きたい小説は今のところ書き切っていた。別のアイデアも温めている最中で、すぐに新作を投稿することはできない。『きなこ』さんが待っていると言ってくれているので、その言葉に甘えてしまうか。それとも、短編小説を投稿してみるか。悩ましいところである。
ひとまず、恋愛小説のプロットを作るために、新しいファイルを開く。しかし考えようとすると、玲央の言葉がぐるぐると頭を巡る。
「…そうだ、これを書いてみたらいいんじゃない?」
恋愛を体験したくて、玲央に恋人役を頼んだのだ。その体験を、雑多でもいいので書き出してみよう。
百禾は手近にあった創作ノートを手に取ると、ペンで走り書きをしていった。
思いがけない相手からの告白。それに動揺するキャラクター。
その相手は誰か。とりあえず、幼馴染にしておこう。
現代小説にするか、それとも、百禾が馴染んでいるファンタジー世界の小説にするか。キャラクターの年齢はどうしよう。どんな個性を持った子だろうか。趣味は何?何が好き?
ペンが動き始めたら止まらない。
キャラクターを創るというより、ペン先から生まれる人物と対話をしているようだ。百禾の質問に、その人が答えてくれる。
集中して四時間、気づけば昼ごはんの用意をして、アルバイトに行かなければならない時間になっていた。
ふうと息をついてノートを見返す。そこには、百禾の書き殴ったキャラクターの構想が散りばめられていた。さて、ここからどう話を膨らませていこう。
だがその前にアルバイトである。
百禾は慌てて昼食の準備をして身だしなみを整え、部屋を飛び出した。
百禾のアルバイト先は児童館だ。教育学部を専攻していることもあり、実地経験を積みたいと、そこの門を叩いたのだ。
児童館は、午前中が乳幼児親子の取り組みをしていて、午後から小学生の学童としての機能を持つ。百禾はそこの学童のアルバイトをしていた。主な担当業務は、小学生のお守りだ。
「こんにちは」
「あ、こんにちは!柳先生、今日もありがとう」
児童館に入ると、職員五人が朗らかに挨拶をしてくれる。
小学生が帰ってくるまで時間があるので、行事で使う小物の制作を行った。今回は、乳幼児親子のクラブで扱う、鯉のぼり制作の準備だった。
「ねえちょっと聞いてくれない?」
鯉のぼりの目のパーツを画用紙で切っていると、これまた鱗を画用紙で切っていた職員・寺島理恵が早口で喋り始める。
「最近旦那が、全然家事を手伝ってくれないの!ゴミは出しっぱなし、食器は下げない、洗わない、洗濯物は畳まない、トイレ掃除をしない、お風呂掃除をしない、休日はずっとゲームだけ。こっちだって働いているのに、家事を手伝ってって言うだけで、『仕事で疲れてるんだよ。家にいる時くらいリフレッシュさせてくれ』だって。私だって働いているのに!」
寺島先生が、ダンッと机に画用紙を叩きつける。それを聞きながら、百禾は苦笑した。
「た、大変ですね…」
「ほんとよ!百禾先生は、結婚とかはこれからでしょ?いい人見つけないとダメだよ!惰性で暮らすような奴は絶対ダメだからね!」
確か寺島先生は新婚だったはずだ。それがすでに、こんなに愚痴をこぼしたくなるほどになっているとは。
やはり結婚と恋愛は別物なのだろうかと思っているうちに、小学生が児童館に帰ってくる時間になった。
「柳先生だ!」
「ただいまー!」
「おかえり!手を洗って、お茶を飲んでね!」
小学生が汗をかきながら児童館に帰ってくる。
小学生の漲るパワーはキラキラしていて、まるで宝石のようである。今日も響く明るい声に、百禾は笑みが溢れた。
やはり、小学生の純粋無垢さが眩しい。
小学生が思い思いに遊び始めた頃、百禾は大人しい少女に袖を引っ張られた。
「ねえねえ、柳先生は好きな人いる?」
今日はいろいろな恋バナを聞く日である。
百禾はふるふると首を横に振った。
「いないけど、どうしたの?」
「あのね、今日友だちに好きな人ができて〜って話を聞いたんだけど、好きな人ってどんな人なのかなって」
「えー!好きな人がどんな人か、なんてすぐ分かるじゃん!」
そこに溌剌とした少女が素早く話題に入ってきた。
「えー分かんないよ」
「だって、ドキドキしてキュンキュンして、近くにいたらブワーって楽しいって思う人のことでしょ?」
その定義に当てはめたら、百禾にとっての玲央は該当しない。玲央は側にいると、呼吸が楽になる存在だ。心が安らぎ、ホッと安心できる。
なら、それは「好き」とは言わないのだろうか。
玲央にとって、百禾はどんな存在なのだろう。玲央の「好き」は何なのだろうか。