モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
百禾に告白した翌日、職場に出勤した玲央は、早速先輩たちに囲まれていた。
「おい、どうした⁉︎」
「なんかおかしくないか⁉︎」
「甘いの食べる?」
先輩に差し出されたお菓子をありがたく受け取る。
そんなに分かりやすく様子がおかしかっただろうか。
「目の下に隈できてるぞ⁉︎」
「こころなしか、げっそりしてる!」
「雰囲気が元気ない」
散々な言い様だった。
しかし、玲央にはその自覚があった。
なんせ、百禾に衝動的に思いを伝えてしまい、しかもフラれることに怯えて「返事はいい」とまで言ってしまったのだ。
自分がこんなにズルい人間だとは知らなかった。
今まで玲央に告白してきた女の子たちもまた、フラれることに怯えていたのだろうか。玲央が返事をするまでのあの数秒間、一体どれだけの恐怖と戦っていたのだろうか。
玲央には、あの数秒間が耐えられなかった。こんな貧弱な心の持ち主だったとは。自分でも笑えてくる。
だが、今の関係を壊したくなかった。玲央の独りよがりの告白で、百禾を手放したくなかった。家族同然に思われていても良かったのだ。それで百禾の側にいられるのであれば。
「なにー?百禾ちゃんとなんかあった?」
「………ありました」
「なに?フラれた?」
「ぐっ」
「…………え?」
大きな沈黙の後、ざっと先輩たちが玲央から距離を置いて円陣を組んだ。顔を寄せ集めてひそひそ喋り始める。
「え?おれ、今結構冗談で言ったんだけど」
「バカ、何急に核心突いてんだよ!」
「ていうか、いつの間に告白してたの⁉︎」
「あのチキンがいつの間に…!」
「聞こえてますよ!」
たまらず玲央は突っ込む。
「ていうか、まだフラれてないですから」
「その『まだ』って何?まだって」
「…返事いらないって言ってしまったので」
「バカなの⁉︎」
女性の先輩が、ガッと玲央の肩を掴んだ。思いの外痛い。
「返事いらないとか言っちゃダメじゃない!そんなの、百禾ちゃんだって困るわよ。前橋くんの気持ちを知って、でも明確な返事もできないまま中途半端な付き合いになっちゃうのよ⁉︎確実に、幼馴染以上の関係になれないわよ!」
「う…」
先輩の言葉がグサグサと玲央の心臓に刺さる。
「幼馴染ってだけでは結婚できないのよ⁉︎ましてや付き合ってもいないんだから、百禾ちゃんがもし彼氏を連れてきたら、ぶーぶーごねることだってできないんだから!だって、返事はいらないって言ってるんだもの。百禾ちゃんの隣に、ぽっと出の、よく知りもしない男が立ってもいいの⁉︎」
「いや…それは」
「それが嫌なら、さっさと返事をもぎ取ってきなさい!」
「………はい」
そうは言うものの、どうしたらいいのだろうか。百禾は玲央に恋愛感情を抱いていない。それは明確に分かっている。でなければ、あんな無防備に玲央を自分の一人暮らしの部屋に入れないだろう。恐らく百禾は、玲央のことを弟、もしくは兄だと思っている。
「……はぁ」
玲央は、今後どうしたらいいのかとため息をついた。
だから、仕事の休憩時間に届いた百禾のメッセージに、玲央は目を剥いた。
そこには、昨日のファミレスに仕事が終わったら来てほしいと書かれていた。
仕事が終わってすぐに現場に向かう。すでに百禾が到着していた。
「ごめん、待たせた」
「ううん、私も来たところ。何頼む?私はマルゲリータにしようかな」
メニュー表を開く百禾は、いたって普通に見えた。玲央が告白する前と同じ様子だ。緊張していただけに、玲央は少し拍子抜けした。だが、ホッとしている自分もいる。変に気まずくなるより、今まで通りの方が気が楽だ。
それがただの現実逃避だとしても。
「で、何の用だ?」
「手伝ってほしいことがあってね」
注文を終えてメニュー表をしまうと、百禾はまっすぐに玲央を見た。
「私と何個かシチュエーションを巡ってほしいんだけど、まずは図書館ね、それから映画館、カフェ、あとは」
「ちょっと待て」
「何?」
「なんだよ、その怒涛のシチュエーション巡りは。恋愛小説、書けそうなのか?」
「うん、玲央のおかげで。キャラクターは出来上がったし、プロットも大まかには決まったんだけど、心情の機微まではまだ書けてなくて。それを体験したいの」
百禾はどこまでも百禾だった。
たとえ自分のことを好きだと告白してきた相手に対してであっても、小説のためなら妥協せず、私情を持ち込まず、ただ小説のためにできることをする。
それが寂しいと感じながら、でもそんな百禾に惚れているのだから仕方がない。
玲央はため息をつくと頷いた。
「分かった。どこへなりとも付き合う。恋人役だからな。仕事の休みと兼ね合わせて行こうぜ」
「やった!ありがとう玲央」
ガッツポーズする百禾は、ただ純粋に喜んでいる。それを見て、玲央はふとイタズラ心が湧いた。
「役に入りすぎて、本当に百禾を襲わないように気をつけないとな。あくまで俺は、恋人『役』だし」
百禾の体がピシリと固まる。ギギギと音を鳴らしながら玲央を見て、頬を膨らませた。
「からかわないでよ」
「からかってねーし」
ふんと鼻を鳴らして、玲央はドリンクバーに行った。
取り残された百禾は、玲央の姿が見えなくなると、テーブルに突っ伏した。
あの顔は反則だろう。
玲央の美貌に見慣れている百禾ですら、少し当てられてしまった。
玲央は、恋愛に淡白だと思っていた。
それが、蓋を開けてみればどうだ。
玲央の気持ちを知った今、今まで玲央が百禾に見せてきた表情が違うように見えてくるのだ。
今日会うのも、どうしようかと迷った。
だが、玲央が気持ちを伝えてくれた。返事はいいと言っていたが、そうもいかないだろう。玲央の気持ちを知っていながら今まで通りの関係でいるために返事をしないなんて、宙ぶらりんな状態にはしたくない。
玲央に対して、不誠実な態度でいたくない。
恋愛小説のためと言っていながら、玲央に出かけようと誘ったのは、百禾の私情も含まれている。
百禾が玲央をどう思っているのか。
それを見極めたかった。
「おい、どうした⁉︎」
「なんかおかしくないか⁉︎」
「甘いの食べる?」
先輩に差し出されたお菓子をありがたく受け取る。
そんなに分かりやすく様子がおかしかっただろうか。
「目の下に隈できてるぞ⁉︎」
「こころなしか、げっそりしてる!」
「雰囲気が元気ない」
散々な言い様だった。
しかし、玲央にはその自覚があった。
なんせ、百禾に衝動的に思いを伝えてしまい、しかもフラれることに怯えて「返事はいい」とまで言ってしまったのだ。
自分がこんなにズルい人間だとは知らなかった。
今まで玲央に告白してきた女の子たちもまた、フラれることに怯えていたのだろうか。玲央が返事をするまでのあの数秒間、一体どれだけの恐怖と戦っていたのだろうか。
玲央には、あの数秒間が耐えられなかった。こんな貧弱な心の持ち主だったとは。自分でも笑えてくる。
だが、今の関係を壊したくなかった。玲央の独りよがりの告白で、百禾を手放したくなかった。家族同然に思われていても良かったのだ。それで百禾の側にいられるのであれば。
「なにー?百禾ちゃんとなんかあった?」
「………ありました」
「なに?フラれた?」
「ぐっ」
「…………え?」
大きな沈黙の後、ざっと先輩たちが玲央から距離を置いて円陣を組んだ。顔を寄せ集めてひそひそ喋り始める。
「え?おれ、今結構冗談で言ったんだけど」
「バカ、何急に核心突いてんだよ!」
「ていうか、いつの間に告白してたの⁉︎」
「あのチキンがいつの間に…!」
「聞こえてますよ!」
たまらず玲央は突っ込む。
「ていうか、まだフラれてないですから」
「その『まだ』って何?まだって」
「…返事いらないって言ってしまったので」
「バカなの⁉︎」
女性の先輩が、ガッと玲央の肩を掴んだ。思いの外痛い。
「返事いらないとか言っちゃダメじゃない!そんなの、百禾ちゃんだって困るわよ。前橋くんの気持ちを知って、でも明確な返事もできないまま中途半端な付き合いになっちゃうのよ⁉︎確実に、幼馴染以上の関係になれないわよ!」
「う…」
先輩の言葉がグサグサと玲央の心臓に刺さる。
「幼馴染ってだけでは結婚できないのよ⁉︎ましてや付き合ってもいないんだから、百禾ちゃんがもし彼氏を連れてきたら、ぶーぶーごねることだってできないんだから!だって、返事はいらないって言ってるんだもの。百禾ちゃんの隣に、ぽっと出の、よく知りもしない男が立ってもいいの⁉︎」
「いや…それは」
「それが嫌なら、さっさと返事をもぎ取ってきなさい!」
「………はい」
そうは言うものの、どうしたらいいのだろうか。百禾は玲央に恋愛感情を抱いていない。それは明確に分かっている。でなければ、あんな無防備に玲央を自分の一人暮らしの部屋に入れないだろう。恐らく百禾は、玲央のことを弟、もしくは兄だと思っている。
「……はぁ」
玲央は、今後どうしたらいいのかとため息をついた。
だから、仕事の休憩時間に届いた百禾のメッセージに、玲央は目を剥いた。
そこには、昨日のファミレスに仕事が終わったら来てほしいと書かれていた。
仕事が終わってすぐに現場に向かう。すでに百禾が到着していた。
「ごめん、待たせた」
「ううん、私も来たところ。何頼む?私はマルゲリータにしようかな」
メニュー表を開く百禾は、いたって普通に見えた。玲央が告白する前と同じ様子だ。緊張していただけに、玲央は少し拍子抜けした。だが、ホッとしている自分もいる。変に気まずくなるより、今まで通りの方が気が楽だ。
それがただの現実逃避だとしても。
「で、何の用だ?」
「手伝ってほしいことがあってね」
注文を終えてメニュー表をしまうと、百禾はまっすぐに玲央を見た。
「私と何個かシチュエーションを巡ってほしいんだけど、まずは図書館ね、それから映画館、カフェ、あとは」
「ちょっと待て」
「何?」
「なんだよ、その怒涛のシチュエーション巡りは。恋愛小説、書けそうなのか?」
「うん、玲央のおかげで。キャラクターは出来上がったし、プロットも大まかには決まったんだけど、心情の機微まではまだ書けてなくて。それを体験したいの」
百禾はどこまでも百禾だった。
たとえ自分のことを好きだと告白してきた相手に対してであっても、小説のためなら妥協せず、私情を持ち込まず、ただ小説のためにできることをする。
それが寂しいと感じながら、でもそんな百禾に惚れているのだから仕方がない。
玲央はため息をつくと頷いた。
「分かった。どこへなりとも付き合う。恋人役だからな。仕事の休みと兼ね合わせて行こうぜ」
「やった!ありがとう玲央」
ガッツポーズする百禾は、ただ純粋に喜んでいる。それを見て、玲央はふとイタズラ心が湧いた。
「役に入りすぎて、本当に百禾を襲わないように気をつけないとな。あくまで俺は、恋人『役』だし」
百禾の体がピシリと固まる。ギギギと音を鳴らしながら玲央を見て、頬を膨らませた。
「からかわないでよ」
「からかってねーし」
ふんと鼻を鳴らして、玲央はドリンクバーに行った。
取り残された百禾は、玲央の姿が見えなくなると、テーブルに突っ伏した。
あの顔は反則だろう。
玲央の美貌に見慣れている百禾ですら、少し当てられてしまった。
玲央は、恋愛に淡白だと思っていた。
それが、蓋を開けてみればどうだ。
玲央の気持ちを知った今、今まで玲央が百禾に見せてきた表情が違うように見えてくるのだ。
今日会うのも、どうしようかと迷った。
だが、玲央が気持ちを伝えてくれた。返事はいいと言っていたが、そうもいかないだろう。玲央の気持ちを知っていながら今まで通りの関係でいるために返事をしないなんて、宙ぶらりんな状態にはしたくない。
玲央に対して、不誠実な態度でいたくない。
恋愛小説のためと言っていながら、玲央に出かけようと誘ったのは、百禾の私情も含まれている。
百禾が玲央をどう思っているのか。
それを見極めたかった。