モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
休日、百禾と玲央は時間を合わせて、百禾の提案したシチュエーション巡りに来ていた。
「玲央と一日一緒に過ごすのって久しぶりだよね〜」
「まあな。俺は仕事、百禾は大学とバイトだし。休みがなかなか合わないからな」
図書館に来たら、それぞれで気になる本を探しに行く。玲央はヘアカットについての雑誌を探しに行っていた。
百禾は玲央の真剣な横顔を本棚の隙間から盗み見る。玲央のまっすぐな眼差しは雑誌に注がれている。
百禾もまた気になる本を探しながら、ふと我に返った。
これではいつもと変わらないのではないか?
せっかくデートと称して出かけているのだから、それらしいことをした方が良いのではないか?
「れ…玲央」
「ん?どうした」
耳打ちした百禾に、玲央が驚いた様子で振り返った。
「デートっぽいことしようよ」
「急にどうした⁉︎」
心底びっくりという顔で百禾を見る玲央に、百禾は頬を膨らませた。
「だって、小説のために来てるんだもん。それなりのシチュエーションにしたいでしょ」
「そもそも、なんで図書館なんだ?他にも候補はあるだろ」
「そうなんだけど…やっぱり、ちょっと難しかったかも」
肩を落とした百禾に、玲央はふっと表情を緩めて、百禾の頭に手を当てた。
百禾たちは場所を移動してカフェに来た。シャインマスカットのパフェを前に、百禾は瞳を煌めかせる。玲央は柔らかく微笑んで、アイスティーを飲み込んだ。
「玲央はサンドイッチだよね」
「一口いるか?」
「ううん。たぶんパフェでお腹いっぱいになるから。玲央こそ、一口いる?フルーツ好きでしょ?」
スプーンにシャインマスカットをころりと乗せて、百禾は玲央に差し出した。
玲央がピシッと固まる。
百禾はきょとんと首を傾げ、自分の行いに目を向けた。
スプーンに乗った、クリームのついたシャインマスカット。
それを玲央の口元に差し出す自分の手。
世で言う、「はい、あーん」の構図だ。
自分のやっていることに羞恥を覚えて、百禾は手を引っ込めようとした。しかし玲央が百禾の手首を掴み、口を開いた。そのまま大きな口の中に、緑の宝石が消える。
手首から体温が離れるが、百禾はわなわなと震えてそれどころではない。
「な…っ、これで食べなくても」
「だって、わざわざ出してくれたからな」
小悪魔的に笑う玲央に、百禾はスプーンをパフェに突っ込んだ。スプーンにマスカットを乗せて、百禾も一口頬張る。弾ける甘さに、少し心が落ち着いた。
対する玲央は、自分が口にしたスプーンを百禾が使っていることにぶるりと震えた。間接キスはなんとも思わないのかと、玲央は口元を押さえる。
パフェを突きながら、百禾が急にぽそりと呟いた。
「人のことが好きってなんなんだろ…」
「急にどうした」
「分かんなくなってきた」
百禾は、人間が嫌いだ。
小学生から中学生にかけて、玲央はモテると同時に、よくいじめられていた。表立って何かされていたわけではないが、玲央の陰口を叩く奴が多かったのだ。
聞こえるたびに百禾は声をあげていたが、それでも結局、玲央を傷つける声は無くならなかった。
それから百禾は、人間を簡単には信じなくなった。梨耶子にもどこか余所余所しく接してしまうのは、そのせいだ。
リアルの人間は簡単に人を裏切るが、物語の登場人物は裏切らない。これが、百禾が物語に陶酔した理由の一つだろう。
教育学部に入ったのも、人間を知りたいと思ったことが大きい。人間を学んで、どんな人間がどんな行動を起こすのか、それを知っていきたかった。
玲央は紅茶を飲むと、うーんと顎に手を当てた。
「…まあ、いろいろだろうけど。例えば、百禾は両親のことは好きか?」
「うん」
「なんで好き?」
「なんでって…両親だし。理由なんてない」
「弟は?」
「好きだよ。かわいいし」
生意気なところもあって衝突することもあるが、百禾は家族が大好きだ。百禾のことも弟のことも、両親はとても大事にしてくれた。世間から見ても、仲の良い家族だろうと思っている。
それは玲央も分かっていた。だから、予想通りの回答に笑みを浮かべる。
「その『好き』に、意味は必要か?理屈は必要か?理由がないと、人を好きにはなれないのか?」
「…そうじゃないと思うよ。でも…」
「俺の好きな人は、生粋の本好きで、自分の小説を書いていて、小説のことになると我構わずやりたいことをしようとする変人だ。人の気も知らないで、煽ってくるようなこともしてくる」
「………ちょっと待って、急に悪口?」
好きな人と言っておきながら、玲央は一向に褒める気のない言葉を言い連ねた。
「事実だろ。実際、恋愛が分からないからって、恋人ごっこを始める始末だ。普通頼まないだろ」
「う…」
そう言われてしまえば元も子もない。言い出しっぺは百禾なのだ。
「……でも、なぜか目が離せなくて、好きなんだよな」
ぼんやりと頬杖をして言った玲央の瞳は熱を孕んでいた。静かな熱に溶かされそうで、百禾はバッと俯いた。
こんなまじまじ言われるなんて。恥ずかしくて火を噴きそうだ。
「まあそんな感じで、恋愛もあれば親愛もある。『好き』の形はいろいろだろ。それこそ人によって違う。百禾の思う『好き』を、小説として形にしたらいいんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるなぁ」
「そもそも、百禾の十八番はファンタジーだろ。純粋なラブコメを作ろうとするから煮詰まるんだよ。慣れてないことを始めるなら、まず慣れ親しんだ形から変えていったらいいんだよ」
晴れやかに笑った玲央の姿が眩しくて、百禾は目を細めた。
抜けるような晴天が広がったようだ。
頭の中がクリアになって、バラバラになっていた思考の要素が、綺麗に片付けられていく。
そうか。
無理に新しいものを作ろうとしなくても良い。
自分の中にある強みを根っこにして、さまざまな要素を芽吹かせていけば良いのだ。芽吹いたものはやがて大きくなり、豊かな緑を蓄える。
それが、自分の小説を豊かにしていく。
「ありがとう、玲央!小説できそう!」
「おお?大層なアドバイスはしてないけどな。どういたしまして。執筆頑張れよ」
軽く肩をすくめた玲央は、サンドイッチを頬張った。百禾もまた、晴れやかな気持ちでパフェを食べる。
その間、百禾の頭の中では、小説のキャラクターたちが生き生きと活動を始めていた。
「玲央と一日一緒に過ごすのって久しぶりだよね〜」
「まあな。俺は仕事、百禾は大学とバイトだし。休みがなかなか合わないからな」
図書館に来たら、それぞれで気になる本を探しに行く。玲央はヘアカットについての雑誌を探しに行っていた。
百禾は玲央の真剣な横顔を本棚の隙間から盗み見る。玲央のまっすぐな眼差しは雑誌に注がれている。
百禾もまた気になる本を探しながら、ふと我に返った。
これではいつもと変わらないのではないか?
せっかくデートと称して出かけているのだから、それらしいことをした方が良いのではないか?
「れ…玲央」
「ん?どうした」
耳打ちした百禾に、玲央が驚いた様子で振り返った。
「デートっぽいことしようよ」
「急にどうした⁉︎」
心底びっくりという顔で百禾を見る玲央に、百禾は頬を膨らませた。
「だって、小説のために来てるんだもん。それなりのシチュエーションにしたいでしょ」
「そもそも、なんで図書館なんだ?他にも候補はあるだろ」
「そうなんだけど…やっぱり、ちょっと難しかったかも」
肩を落とした百禾に、玲央はふっと表情を緩めて、百禾の頭に手を当てた。
百禾たちは場所を移動してカフェに来た。シャインマスカットのパフェを前に、百禾は瞳を煌めかせる。玲央は柔らかく微笑んで、アイスティーを飲み込んだ。
「玲央はサンドイッチだよね」
「一口いるか?」
「ううん。たぶんパフェでお腹いっぱいになるから。玲央こそ、一口いる?フルーツ好きでしょ?」
スプーンにシャインマスカットをころりと乗せて、百禾は玲央に差し出した。
玲央がピシッと固まる。
百禾はきょとんと首を傾げ、自分の行いに目を向けた。
スプーンに乗った、クリームのついたシャインマスカット。
それを玲央の口元に差し出す自分の手。
世で言う、「はい、あーん」の構図だ。
自分のやっていることに羞恥を覚えて、百禾は手を引っ込めようとした。しかし玲央が百禾の手首を掴み、口を開いた。そのまま大きな口の中に、緑の宝石が消える。
手首から体温が離れるが、百禾はわなわなと震えてそれどころではない。
「な…っ、これで食べなくても」
「だって、わざわざ出してくれたからな」
小悪魔的に笑う玲央に、百禾はスプーンをパフェに突っ込んだ。スプーンにマスカットを乗せて、百禾も一口頬張る。弾ける甘さに、少し心が落ち着いた。
対する玲央は、自分が口にしたスプーンを百禾が使っていることにぶるりと震えた。間接キスはなんとも思わないのかと、玲央は口元を押さえる。
パフェを突きながら、百禾が急にぽそりと呟いた。
「人のことが好きってなんなんだろ…」
「急にどうした」
「分かんなくなってきた」
百禾は、人間が嫌いだ。
小学生から中学生にかけて、玲央はモテると同時に、よくいじめられていた。表立って何かされていたわけではないが、玲央の陰口を叩く奴が多かったのだ。
聞こえるたびに百禾は声をあげていたが、それでも結局、玲央を傷つける声は無くならなかった。
それから百禾は、人間を簡単には信じなくなった。梨耶子にもどこか余所余所しく接してしまうのは、そのせいだ。
リアルの人間は簡単に人を裏切るが、物語の登場人物は裏切らない。これが、百禾が物語に陶酔した理由の一つだろう。
教育学部に入ったのも、人間を知りたいと思ったことが大きい。人間を学んで、どんな人間がどんな行動を起こすのか、それを知っていきたかった。
玲央は紅茶を飲むと、うーんと顎に手を当てた。
「…まあ、いろいろだろうけど。例えば、百禾は両親のことは好きか?」
「うん」
「なんで好き?」
「なんでって…両親だし。理由なんてない」
「弟は?」
「好きだよ。かわいいし」
生意気なところもあって衝突することもあるが、百禾は家族が大好きだ。百禾のことも弟のことも、両親はとても大事にしてくれた。世間から見ても、仲の良い家族だろうと思っている。
それは玲央も分かっていた。だから、予想通りの回答に笑みを浮かべる。
「その『好き』に、意味は必要か?理屈は必要か?理由がないと、人を好きにはなれないのか?」
「…そうじゃないと思うよ。でも…」
「俺の好きな人は、生粋の本好きで、自分の小説を書いていて、小説のことになると我構わずやりたいことをしようとする変人だ。人の気も知らないで、煽ってくるようなこともしてくる」
「………ちょっと待って、急に悪口?」
好きな人と言っておきながら、玲央は一向に褒める気のない言葉を言い連ねた。
「事実だろ。実際、恋愛が分からないからって、恋人ごっこを始める始末だ。普通頼まないだろ」
「う…」
そう言われてしまえば元も子もない。言い出しっぺは百禾なのだ。
「……でも、なぜか目が離せなくて、好きなんだよな」
ぼんやりと頬杖をして言った玲央の瞳は熱を孕んでいた。静かな熱に溶かされそうで、百禾はバッと俯いた。
こんなまじまじ言われるなんて。恥ずかしくて火を噴きそうだ。
「まあそんな感じで、恋愛もあれば親愛もある。『好き』の形はいろいろだろ。それこそ人によって違う。百禾の思う『好き』を、小説として形にしたらいいんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるなぁ」
「そもそも、百禾の十八番はファンタジーだろ。純粋なラブコメを作ろうとするから煮詰まるんだよ。慣れてないことを始めるなら、まず慣れ親しんだ形から変えていったらいいんだよ」
晴れやかに笑った玲央の姿が眩しくて、百禾は目を細めた。
抜けるような晴天が広がったようだ。
頭の中がクリアになって、バラバラになっていた思考の要素が、綺麗に片付けられていく。
そうか。
無理に新しいものを作ろうとしなくても良い。
自分の中にある強みを根っこにして、さまざまな要素を芽吹かせていけば良いのだ。芽吹いたものはやがて大きくなり、豊かな緑を蓄える。
それが、自分の小説を豊かにしていく。
「ありがとう、玲央!小説できそう!」
「おお?大層なアドバイスはしてないけどな。どういたしまして。執筆頑張れよ」
軽く肩をすくめた玲央は、サンドイッチを頬張った。百禾もまた、晴れやかな気持ちでパフェを食べる。
その間、百禾の頭の中では、小説のキャラクターたちが生き生きと活動を始めていた。