モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜
「できたー!」

 百禾はパソコンのエンターキーを軽やかに叩いた。
 散々悩んだ恋愛小説ができあがった。『きなこ』の期待に添えるかは分からないが、これが今の百禾にできる、精一杯の恋愛小説だ。
 
 舞台はファンタジー世界。
 王国の護衛隊に所属する女騎士と、相手役になる男騎士の恋愛小説だ。
 二人は幼馴染で、男騎士が女騎士にずっと想いを寄せていた。
 ある日突然、女騎士は男騎士に告白されて動揺するが、だんだん彼に惹かれていく。だが、国王から勅命で女騎士に入内が命じられたり、男騎士が命の危機に晒されたりなど、百禾が得意とする時代情勢の話も盛り込んだ。そんな困難を乗り越えて、二人は晴れて結ばれる。
 ベースは普段の百禾の小説と変わらない。だが、主軸に恋愛を置いてみた。そうすると、いつもと同じだが、少し違うペーストの話ができあがった。百禾なりに満足する出来だ。

 あとは推敲して、投稿するだけだ。百禾は満足気にふんと息を吐き出した。
 『きなこ』からもメッセージが来ていたので、新作ができあがったこと、近々投稿する予定のことなどを書き連ねた。
 自分の小説を読んでもらうのは怖い。だが同時に、喜んでもらいたい思いもある。楽しんでほしい。
 読む人に、何か思いを残せたらいい。

 百禾は玲央にメッセージを送った。


 勤務の休憩時間、玲央は、百禾からメッセージが来ていることに気づいた。
 どうやら、近日の悩みの種だった恋愛小説が完成したらしい。
 玲央は、百禾が使っている小説投稿サイトとを開いた。『モカ』のペンネームを検索する。『モカ』のページにいけば、ズラリといくつか小説が並んでいる。
 それら全てに、玲央は目を通していた。
 小説を読むことは苦手だ。細かい文字を目で追っていくことは疲れる。全体を俯瞰して捉えたい。

 だが、百禾の小説は別だった。
 文字を拡大してでも、読みたかった。
 百禾の小説は登場人物が生き生きしていて、元気をもらえる。何より、百禾の心の一部に触れられたようで、嬉しいのだ。

 百禾に読んでいるとは言えないので、『きなこ』のように感想を送る度胸はない。素直に『きなこ』が羨ましかった。
 だが、自分こそが『モカ』のファン一号だと密かに確信している。何せ、百禾が『モカ』になる前の小説を読んでから、ずっとファンなのだから。玲央ほどの古参はいないだろう。
 できあがった恋愛小説は、まだ投稿されていない。今は推敲中なのだろう。
 『モカ』の作り上げた渾身の恋愛小説に、玲央は心躍らせた。
 読むのが楽しみだ。

「なーにニヤニヤしてるんだ?」

 先輩が後ろから顔を覗かせてきた。先輩の顔には、「面白いことみーつけた」と書いてある。その面白いこととは、玲央のことだろう。
 玲央はスッと携帯の画面を伏せると、澄まし顔を作った。

「別に、なんでもないです」
「百禾ちゃん関連で何か良いことがあったんだろ?告白にOKでもされたか?」
「それなら仕事なんてしてる場合じゃないです。すぐ帰ります」
「やべーな」

 玲央の即答と早口に、先輩は引き気味に身体を反らす。だが、百禾に告白を受け入れられたなら、玲央は仕事に手がつかなくなるだろう。その自覚はある。少なくとも、初日は浮かれて、客の髪を切りすぎて怒られる姿が見える。

「ベタ惚れだな、ほんと」
「片思い何年選手だと思ってるんですか」
「そうだったな」

 先輩は肩をすくめると、手を振って、昼食を食べに外へ出て行った。

 告白の返事といえば、百禾は小説にかかりきりで、それどころではなかった。流れてしまったような気がするが、玲央の告白は、カケラでも百禾の中に残っているだろうか。
 百禾の悩みの種が解決した今、玲央が百禾の恋人役をする必要性は無くなった。あまり役に立っていなかった気がするが、それでもそのおかげで百禾は小説を書き終えたのだ。
 それなら、もう恋人役は必要ない。玲央はお役御免だろうか。
 寂しさを感じていると、百禾から再びメッセージが届いた。

 小説を書き切ったので羽を伸ばしたい。遊園地に行かないか、と。

 恋人役としての最後の務めだろうか。遊園地とはロマンチックなスポットになる。
 もう一度、百禾に思いを伝えてみよう。その上で、今度こそ返事をもらおう。
 玲央は震える拳を握りしめて、百禾に諾の返事をした。
 
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