うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る
空き会議室のドアを閉めた瞬間、
小さな部屋に、微妙な沈黙が落ちた。

長方形のテーブル。パイプ椅子が六脚。
打ち合わせ用のホワイトボードが壁に一枚。

昼の社内にしては不自然なほど、静かだった。
それが、凪の緊張をさらに煽る。

凪はタイミングを見計らって、社長を会議室に呼び出した。

社長――小笠原海龍は、何も言わずに凪の前に立ったまま、静かに様子を見ている。

(……落ち着け、ちゃんと伝えるんだ)

凪は深く一礼し、まっすぐ顔を上げた。

「昨日の件ですが……本当に、すみませんでした」

海龍の眉が、わずかに動く。

「謝ること、何かありましたか?」

低く静かな声。そのトーンに、ますます凪の心臓が跳ねる。

でも――伝えなければ。

「お見合いで、社長がいらっしゃるとは知らずに…、動揺してしまって。
 あんな席に、私のような者が出てしまって、本当に申し訳なかったです」

一語一句を慎重に選びながら、凪は言った。

「それに……私と社長では、立場も違いますし、そういう……個人的な関係を持つようなことは、あり得ないと思っています。なので……」

そこで少し言葉に詰まり、喉を動かす。

「昨日のことは、なかったことに……していただけたらと」

一通りの言葉を吐き出したあと、凪はそっと顔を上げた。

海龍は、微動だにせず凪を見ていた。

表情は、読み取れない。
ただ、目だけがどこか深くて――凪のすべてを見透かしてくるような光を宿している。

そして、静かに口を開いた。

「……昨日のこと、ですか」

「……はい」

凪の手は、無意識に自分のスカートの裾を握っていた。

「僕は楽しかったですよ」

「…………」

「それに、あれは“プライベート”の場だった。社長も部下も関係ない…」

「……でも」

「なのに、今のあなたは、“社内の平泉凪”として謝ってる。
 だったら僕も、“社長”として返事をしなきゃいけないんでしょうか」

その言葉に、凪はぐっと息を飲んだ。

ほんの少し、海龍の口角が上がる。

「あなたがどう思っても、僕、個人としては――もう一度会いたいと思った」
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