うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る
海龍Side
「昨日のことは、なかったことにしていただけたらと」
真っ直ぐに、けれどどこか申し訳なさそうに、彼女――平泉 凪はそう言った。
……なるほど。
謝られている。
丁寧に、律儀に、申し分のない態度で。
でも、これは――
(……俺、振られてる……?)
静かに、心の中で言葉を反芻する。
振られた。
俺が。
この俺が。
よりによって、部下の、しかも“自分に恋愛感情など微塵もない”と信じて疑わないこの女に。
(ちょっと待てよ)
顔には出さないが、頭の中ではいくつかの警報が鳴り始めていた。
昨日のあれは、俺なりに気を遣ったつもりだった。
甘くした。
穏やかにもした。
無糖の缶コーヒーだって、わざわざ探して買って、今朝渡した。
それなのに――
(俺は“なかったこと”にされてるのか?)
どうやら、この女は本気で「自分は社長の対象じゃない」と思っているらしい。
悪気も下心も一切なく、ただただ「立場上、非常識なので」と丁寧に線を引いてきた。
俺に対して。
俺に、だ。
……なんなんだ、これは。
(自分に何の魅力もないとでも思ってるのか?)
(それとも――俺が本気で人を口説くと思ってないのか?)
なにか、じんわりと熱がこみ上げてくる。
傷ついたわけじゃない。
むしろ、おかしいくらいに冷静だ。
ただ――
(……なら、いい)
そう思った瞬間、何かがカチリと切り替わった。
無意識に指で缶コーヒーを回しながら、心の中で呟く。
(だったら、惚れさせてやるよ)
お前がどんなに無自覚でも、
どんなに地味でも、どんなに線を引こうとしても
俺から目を逸らせなくなるくらい、
“俺だけを見させる”。
その覚悟を決めた瞬間、
凪がふたたび顔を上げ、何か言いかけた。
俺はそれを止めるように微笑んだ。
「あなたがどう思っても、僕、個人としては――もう一度会いたいと思った」
さらに追い討ちをかける。
「次はもっと、静かで、落ち着いた場所で。
……僕と、個人的に話をしてくれますか?」
ぐらついているその目に、俺ははっきりと火を灯してやる。
始めたのはお前の方だ。
俺に“火”をつけた責任、ちゃんと取ってもらう。