氷の『悪役令嬢』は、平和主義者の転生モブ男子を逃さない

(……そして俺は、エドウィンの計画をセリーナに伝えることを選んだ。事前にセリーナに伝えることで、『大勢の前での婚約破棄』ではない、もっと穏当な落とし所を見つけるために)
 
 セリーナの幸福のために『婚約破棄』が必要なのだとしても──決して自分自身のためだけでない、セリーナのためも思ってエドウィンが『婚約破棄』を選択したことを知ってしまった今となっては、やはり俺は、その馬鹿げた喜劇を避けたいと思ってしまうのだった。ふたりの婚約が破棄されるとしても、それは、もっと互いが傷つかないように行われるべきだ。俺はそう判断し、セリーナを呼び出した。
 そうして、エドウィンの計画を伝える際、エドウィンの動機──『セリーナの隣でプライドが傷つき続けることに耐えられない』と、『セリーナは外に愛する人を作れないのに、自分はセリーナを愛せない』──を伝えなかったのは、それがセリーナをより傷つけるような気がしたからだったのだが……きっとセリーナは、薄々感づいてはいたのだろう。
 ともあれ俺は、『婚約破棄』が順当に行われそうなことに胸をなでおろし、そしてもうひとつの──最大の懸念に手をつけた。つまり、この先のセリーナの話だ。

 婚約破棄が行われたとして、セリーナにとってのヒーローは、きちんと現れてくれるのだろうか?

 セリーナの答えは、なんとも煮えきらないものだった。『国外にでもいい話があれば、あるいは、神殿に仕える』。なるほど、前者はいかにもありそうな話だ……が、後者は? 神殿に仕える、とは、神の巫女となり、魔術を使った任務に従事するということである。なるほどそういうお仕事モノもあるかもしれないが。

 あるかもしれないが──なにせ、『神の巫女』なのだ。巫女は結婚できないのである。

 それはだめだ。いや恋愛脳と言われるかもしれないが、『悪役令嬢モノ』に恋愛がないパターンは、なくはないかもしれないが多くもないだろう。俺は焦り、そして、気づいたら、馬鹿みたいなことを口にしていた。


「主役は、あんただ」


 馬鹿みたいな、でも、ただの事実であり本心だった。主役はセリーナだ。強く美しく気高いセリーナ。
 俺にとっての、いちばん大切な行動指針。俺は──俺はセリーナに、幸せになって欲しかった。しかし、それ以上に。
 王妃たるに相応しいセリーナの努力が報われ、彼女が彼女自身の意志で我が道を進めるような、そんな生き方をして欲しかったのだ。



 ……そうして俺は、セリーナに言いたいことを言い、──激しく後悔して、今、ベッドでのたうち回っているというわけなのだ。

「やらかした……もっと良い伝え方と言うか……あー……」

 いくら唸っても後の祭りだ。できることはやった。
 あとは──あとはまた、成り行きを見守るしかないだろう。セリーナが何を選択するのか。その答えが何であれ、俺はただ、俺の指針に従って動くだけなのだ。


 * * *


 卒業記念のダンスパーティーは、エドウィンとセリーナがダンスを踊らなかった、という以外は、なんのトラブルもなくもなく執り行われた。
 
 その、ひと月後──エドウィンは無事王太子の座を追われ、リリーと共に療養のための名目で僻地に飛ばされた。新たな王太子第二王子が、その婚約者にセリーナの妹が迎えられ──すべてはセリーナの語ったとおりの顛末をたどり、王宮の騒ぎもやっと落ち着いた頃。

 俺の家に、ひとりの訪問者が現れた。


「ジル・マークス。わたくしと、結婚してくださいませ」


 セリーナ・ユーベルデンが、俺の推しが、輝くような笑顔で眼の前にいる。

「やりたいこと、と言われて、わたくし、色々考えましたの。それで、わたくし、家を継ごうと思いまして」

 なにひとつ理解できない俺の頭を、美の暴力が追い打ちのように襲い続ける。きらきらしている。

「ですが、我が国では、女性当主の存在が認められておりません。ですから、必要なのです。私の婿となり、ユーベルデン公爵になってくれる──そのうえで、喜んでわたくしの傀儡になってくださる方が」

 にっこり、と、セリーナは、今まで見たこともないぐらい楽しそうな顔で笑った。蒸発しそうだ。大丈夫か? 俺は今、物理的に、人間の姿を保てているか?

「……わたくし、あなたに呼び出されたとき、告白なのかと思ったんですの。お友達に、『卒業前にこっそり呼び出して告白する』、そういうお話が流行りだと聞いたものですから。……だから本来は、応じるべきではなかったのです。わたくしはあのとき、まだ、婚約者のいる身の上だったのですから」

 氷が触れ合うときのような、冷たくも軽やかで美しいセリーナの声が、なにか、大切なことを言っている気がする。聞かなければならない、彼女の言葉をなにひとつ逃したくない、そう思うのに、頭はちっとも働かない。

「でも」

 何か──彼女は何か、大事なことを、俺に伝えようとしているはずなのに。

「わたくしは、供のものも連れないという選択をして、ひとりであなたと会うことを選んだ。……思えばあの時から、わたくしは、あなたを選んでいたのです」

 それが、どういう意味なのか、わからない。わからないままの俺に、セリーナが問う。

「良いお返事を、いただけますわね?」

 なによりも優先される、俺の指針。


 みっつ、──セリーナ・ユーベルデンが、彼女の意志を遂行できるようにする。


 故に、俺に拒否する選択肢はない。俺はぎこちなく首肯してセリーナに応じ、セリーナはそれに満足気に笑って──こんなに美しく笑う彼女を愛せないエドウィンはやはりどうかしている、の思いを新たにした。
 ……なにせ、そのときの俺は、セリーナがこんな笑顔を他人に見せるのがはじめてである、ということなど、当然、知る由もなかったし。
 先程の『告白』のエピソードによって、セリーナが俺に愛を告白しているつもりだということも、当然、気づいていなかった、ので。

 そのため──最初の言葉通り、俺はセリーナに『都合の良い傀儡』として選ばれたのだと思い込んで──すれ違いに周りを巻き込んだ大騒ぎを起こしたり、ついでにセリーナが『悪役令嬢』らしく無双したり世界を救ったりすることになるのだが──それはまた、別の話、ということにしておこう。



< 3 / 3 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:1

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop