逃亡中の王女が敵国の皇太子に娶られた件
──詰み、かしら……。
なぜなら彼女は、サーティス王国の人間だから。
いや、身分を捨てて逃亡してきたので元サーティス王国の人間か。
正直に話したところで信じてもらえないだろう。
「なんで、こう、なるのよ……」
彼女はもう限界だった。
魔法の才能があると発覚してから世間から切り離され、同じ王族に分類される者から憂さ晴らしの道具として扱われてきた。
──惜しむまでもない、辛いだけの人生だったわね。
だからこそやりたいことをやりたいだけやってから死のうと、決死の覚悟で脱走したのだ。
ここで終わっていいはずがない。
彼の眼を真っすぐ見ながら宣言する。
「わたくしは、貴方の質問には答えられません」
出自を偽るためにそう言ったんじゃない。
彼女は身分とともに、自身の存在そのものを捨てたのだ。
だから人の名乗れる名など持ち合わせていない。
もちろんそれが相手に伝わるだなんて思っていない。ただの自己満足だ。それでいい。
人間皆そんなものだ。
どうせ最期に待つのは死のみ。だったら堂々と開き直れ。
「自分の立場が分かっているのか」
彼が怪訝そうに首を傾げた。表情は綺麗なまま変わらない。それが無性に悔しかった。
「えぇ」
こんな状況だからこそあえて笑いかける。
「……何が目的だ」
「何も考えずに町を歩きたい」
「っは?」
彼が少し目を見開いた。