逃亡中の王女が敵国の皇太子に娶られた件
「いろいろな景色を見てみたい。森でお昼寝をしてみたい。あと馬鹿にしてきたやつらを見返したいわ」
 
 ずっと思い描いていた願望を口にしてみると体力と魔力が回復していくような気がした。気持ちがすっと軽くなる。酔っているみたいだ。今の彼女は正気じゃない。でも嫌いじゃない。

「本の主人公みたいに自分のためじゃなくて、人のために魔法を使ってみたい! わたくしのことを心配してくれた国民にありがとうって言いたい!! 普通の王族の暮らしだって、少しはしてみたかったわ!!!」
「そんなことか」

 その一言で彼と自分の差が明確にあらわされた気がした。
 手を地面につけてゆっくりと息を吐く。

「わたくしにとってそれを叶えることが、生きる理由よ」

 そう言い切ったことを合図に、全魔力を放出した。


 ──────はずだった。


 精一杯力を込めたのに何も起こらなった。正確には草が少しばかり散っただけ。
 決して魔力が足りなかったわけでも、魔力が底を尽きていたわけでもない。
 全部を賭けた。賭けたのに。

「すごい魔力量だな。つい本気を出してしまったではないか」

 彼は新しい獲物を見つけたように楽しそうに笑った。満月をそのまま嵌めたような瞳が細められる。
 それに魅入られてしまい、力の抜けきった声が漏れた。

「う、打ち、消、されたの……?」
「あぁ」
 
 完敗だ。
 元々分の悪い賭けだった。なんせ相手は魔法帝国の皇族なのだから。
 でももし相手を倒すことができたら少し休憩をして逃げるつもりだったのに。

 長年夢に見た自由が終わりを告げた。
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