キラくんの愛は、とどまることを知らない

001

  

「お前の荷物は明日の朝届くよう手配してあるが、必要なものは大体揃ってる」
 
「……」
 
 何が起きているのかわからなかった。
 
 私が連れてこられたのはマンションの一室。それも最上階のペントハウスと呼ばれる、お金に選ばれし者しか住むことの出来ないエリアだ。
 
「……私は、ここで監禁陵辱されるんですか?」
 
 勝手に借金の肩代わりをしたこのキラという男は、私を債務者だと言った。つまり、払えなければ風俗に売られたりなんかするに違いない。
 
「は? 何言って───……いや、そうだな。監禁はしないが」
 
 驚いた顔を見せたかと思えば、すぐにいやらしい笑みを浮かべる男にゾッとする。
 
「……っ」
 
「……お前、休暇は? 親が死んだんだから7日だろ? あと5日はあるな」
 
 詳しいな。そのとおりだが、何故そんなことまで把握されているのか……きも。
 
「4時頃、ハウスキーパーのおっさんが飯作りに来るから、それまで休んでろ」
 
「……」
 
 おっさんが飯……ハウスキーパーのおっさん……そもそも、ここはどこなのか? 確認しなければならないことが山ほどあるが、どれから聞けばいいのやら……
 
「ここは俺のマンションだ。んで、今日からお前の家な。この部屋はお前のだし、リビングもキッチンも風呂も何処でも好きに使え───俺は忙しい。これからすぐに出るが、夜には戻る。飯はおっさんが作ったら温かいうちに先に食え」
 
 一方的に説明されても、そもそもの肝心な部分が何もわからない、私は何故連れてこられたのか? 今日からここが私の家だって?

「……ちょっ───それだけじゃわからなっ」
 
 その時だった……
 
(にゃぁ~ん)
 
「お、ニワトリ(・・・・)来たのか───タマゴ(・・・)はどうした?」
 
 真っ白な毛に、足先と頭の上にだけ茶の毛が混じるそのデブ猫は、この男にすり寄りとても懐いているように見えた。
 
「……猫ですよね? ニワトリって名前なんですか? それにタマゴって……」
  
「おお、ニワトリみたいな毛色してるだろ? タマゴは真っ白で丸い猫だ。臆病だからどこかに隠れてるんだろう」
 
 よく見ればこのデブ猫(ニワトリ)、ふてぶてしい顔をしているがそこがまた憎めない可愛さを醸し出している。名前はややこしいけど。
 
「そうだ、暇だったらニワトリに運動させておいてくれ。デブだから痩せさせろと、獣医に言われてるんだ。リビングにおもちゃボックスがあるから、適当に遊んでくれ、タマゴもそのうち出て来るだろ」
 
「……わかりました」
 
 なぜ返事をしてしまったのか。私は一体ここで何をしているのだろうか。
 
「……辛気臭い顔してんじゃねぇよ。今は難しい事考えずに、ただ死んだ父親を弔ってやれ。あんなんでも、たった一人の家族だったんだろ?」
 
「……そう、ですね」
 
 そのとおり……本当にあんなん(・・・・)というに相応しい父親だった。

 酒癖の悪い父に愛想をつかした母は、幼い妹だけを連れて出て行った。その時10歳だった私は、置いていかれたのだ。
 
 もともと稼ぎの少ない父の収入は、ほとんどが酒代とパチンコ代に消えて、家にお金はなかった。母が出て行って、食事もほとんどとれなくなる。
 しかしそんな時、救世主が現れる───隣町に住んでいた父の妹、美智子おばさんだ。
 たまたま様子を見に来てくれた際に、ガリガリの私を見つけて、保護してくれたのである。
 美智子おばさんはすぐさま父の職場に掛け合い、父の給料から毎月3万円を伯母さんの口座に振り込んでもらえるように手配してくれた。
 それから私は、毎月その3万円を美智子おばさんから受取り、自分で食事を工面できるようになったのである。

 3万円生活にも慣れてきた私は、やがてお金をきちんと管理し、貯蓄を始めた。
 学校で必要なお金や自分の生理用品など、すべてはその3万円で賄っていた。
 もちろん、貯まったお金を父に見つかれば、酒やギャンブルに使われてしまうため、絶対に見つからないようにしなければならなかった。
 美智子おばさんは私の名義で銀行の口座を作ってくれ、ATMの使い方を教えてくれ、私が一人で入出金が出来るようにしてくれたのだ。
 それだけではない。私が使う近所の銀行の窓口のお姉さんにも、事情を説明してくれたりもしていたらしい。

 父親の稼ぎではあるが、本当に美智子おばさんには感謝している。いつか恩返しが出来たらいいと思う。
 
 きっと父は、美智子おばさんにも借金をしていたのだろう。
 それもこの吉良(きら)という男がまとめて返済してくれたのかもしれない。それに関してはお礼を言いたい。……でもまずは状況を把握できてから、後にしよう。

「あ、そうだ───帰ったら風呂に入るから、背中、流せよな」

 男はニヤリと笑い、そのまま私の頭をぐしゃりと撫で、出て行った。

「背中流せって……昭和の関白亭主かよ……」

 結局、まともでない男とは、なにもまともな話ができなかった。
 


「……ニワトリ、くんかな? ちゃんかな? よろしくね。私はひよ子、吉良 ひよ子(きら ひよこ)です」
 
(にゃぁ~ん)

 お前になんて興味はない、とばかりに毛づくろいを始めたニワトリ。
 
 ハウスキーパーのおっさんとやらが来る4時までは後2時間ほどある。
 父の死からまだ二日しか経っていない。正直、私も疲れていた。まだまだやらなければならない事も残っているが……今は何も考えられない。
 お言葉に甘えて、少し休もう。
 ニワトリのダイエットはそれからだ。
 
 私は礼服を脱ぎ、ベッドの上に置いてあったTシャツとスウェットのずぼんを穿いた。シャワーを浴びていないので、ベッドは恐れ多い……

 私は床に敷いてあるふわふわのシャギーラグの上に寝転がり、すぐに眠ってしまったのだった。
 
 
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