キラくんの愛は、とどまることを知らない
side キラ
「……くくく……ふふふ……ははははっ!!」
笑いが止まらない。
「……稀羅さん、悪役みたいな笑い方してますよ」
マンションの裏口に停まっていた迎えの車に乗り込んだ俺は、後部座席でふんぞり返る。
その車内には、運転手とは別に相馬が助手席側に乗っていた。
相馬は俺の第一秘書で、高校時代からの腐れ縁だ。
「何故、あんな誘拐まがいなことを? “こいつを連れて行け!”だなんて、どこの小悪党のセリフかと思いましたよ」
「……そ、それはだな」
「“初恋のひよ子ちゃん”……確かに可愛らしかったですね」
相馬にはひよ子の父親の借金を全て調べ上げ、速やかに対処しろと指示していた。そんな事は、ひよ子の存在を知っているコイツにしか頼めなかった。もちろん、誘拐もだが……
「普通に説明して差し上げれば良かったではないですか。いずれ行政から通達されるのでしょうし」
「……普通に説明して信じると思うか?」
何をかと言えば、ひよ子の家のある近くの公道に、大きな地下空洞が発見されたのだ。
まだ、どこにも公表されていない情報だが、幸いにも俺は知る事ができる立場にあった。
そんなわけで、直ぐではないにしろ巻き添えをくらいそうな危ない場所にひよ子が住む事も、抜け落ちるかもしれない地面をひよ子に歩かせる事も、俺には心配で耐えられなかった。
「まずははじめに、きちんと名刺を差し出し、丁寧な自己紹介をしていれば信じてくれたと思いますが」
「……」
相馬の言う事は一理ある。
しかし俺としたことが、20年ぶりに生のひよ子と対面し、その変わらない様子につい……緊張してしまったと言うかなんというか……
「……(小声)これだから初恋こじらせ童貞は……」
「あん?! お前、今なんて言った! 俺は、ひよ子以外の女は全員、卵の殻くらいにしか視えないんだ! お前は卵の殻とナニができるのか?! あ?」
「……卵の殻……語彙力すら失ってしまいましたか……」
そもそも……
ひよ子の奴め、俺を忘れたのか?! いくら俺がカッコよく成長をとげているとしても、だ。名前を聞いてピンとくるとか、ないのか!? 何が“もしかして、親戚ですか”だ。
全くもって不愉快だ。
まるで俺だけがこの20年あいつを……っ。
「くそっ……だが! これで、ニワトリ、タマゴ、ひよ子が揃ったぞ」
表情筋が死んでるんじゃないかと言われ続けた俺も、今ばかりはニヤニヤしてしまう自分の顔を制御出来なかった。
「……ああ、あの変な名前のデブ猫達ですか? 次は養鶏でも始めるつもりですか?」
「違う! 俺はなんでも揃っていないと気がすまないんだ!」
ニワトリはある日マンションの前に捨てられていた猫だ。タマゴはおっさんが拾ってきたくせに俺に飼ってくれと頼んできた猫だ。
二匹とも、拾った時には白い毛は真っ黒で、ガリガリで、とにかく見るに堪えなかった。俺のもとに来た以上は腹いっぱい食わせてやるぞ、そう思っていたら……いつの間にかデブ猫になっていた。
「まぁ……その不気味なほどの執着心があったからこそ、今の貴方があるんでしょうね───陸空海を制した男、黒霞 稀羅がね」
「……その中二病っぽい言い方やめろ」
俺はただ、システムを開発しただけだ。
どんなに離れていても、ひよ子を守りたくて……
それを世界各国が買い取って、陸海空軍の防衛に応用しているというだけ。もちろん極秘だが。
一部の国とは、アドバイスを求められたら応じるという契約も結んでいる。
会社を起こしたのも増やしたのも、白森 冬亜という男だ。登記上は全て冬亜の名前が使われており、俺の名前は表立って出ないようにしてもらっている。
冬亜は経営の手腕はあるが技術的なものはまるで駄目。だから、技術的な部分は俺が担っている。
しかし……
「なぁ、俺、そろそろ仕事辞めたいんだけど」
金ならすでに使い切れない程あるし、これからも黙ってても勝手に入ってくる。
「無理でしょうね、白森代表が許すはずありませんよ」
「……やっと、念願のひよ子が手に入ったのに、仕事なんかしたくない。俺は今日からひよ子とニワトリとタマゴと幸せに暮らすんだ。待てよ……子供が出来たら、名前はどうすっかな……」
ニワトリの次の進化はなんだ? 鶏肉か? 違うな……唐揚げか? ……違うな……
「まずは受け入れてもらいましょうね……今の彼女からしたら、借金のかたに誘拐されただけですから」
「“約束”したんだ、誘拐じゃない」
「子供の頃の“口約束”など、実際には正しい判断の出来ない者の発言だったとして無効ですよ。実際に、ひよ子さんは約束どころか、貴方の存在すら覚えていなかった」
「……お前、嫌な奴だな」
「友人でもある貴方に犯罪者になって欲しくないだけです。全く……馬鹿と天才は紙一重、とはまさに稀羅さんの事ですね」
「なんでもいいが、明日から俺は在宅勤務だ! 俺とひよ子を邪魔する奴は何人たりとも許さんからな」
「……」
相馬は俺を無視した。
なんて奴だ、秘書のくせに……