キラくんの愛は、とどまることを知らない

013

 
「はじめまして、稀羅の母です。あなたが“ひよ子”ちゃんね、ずっとお会いしたかったわ」
 
 キラくんによく似たその上品な女性は、高級そうな着物を着ているにも関わらず、ニワトリを膝に乗せ、優しく微笑んでいた。
 
 一難去ってまた一難とはまさにこのことで……
 その週末、キラくんの家で少しの時間私一人で留守番をしていた所に、突然の来訪問者が…… 
 その見た目からして無視するわけにもいかず、ひとまず上がって頂いたわけだが……
 
「はじめまして、吉良 ひよ子と申します……年齢は25歳、現在は総合庁舎の中で事務職をしております。この度は……その……なんと言ったらいいか……」
 
 なんとなく緊張してしまう。さすがは大臣夫人……貫禄というかなんというか……
 
「そんなに緊張しなくていいのよ? お父様がお亡くなりになってすぐに、稀羅が失礼な事をしたと相馬くんから聞いているわ。ごめんなさいね」
 
 誘拐の件だろうか……
 
「とんでもないっ! 私の方こそ何も覚えておらず……キラくんに失礼な事をしてしまいました」
 
 キラくんから、ご両親には20年前からすでに私の事を“お嫁さんにする”とと話してあったと聞いている。つまり、目の前のご夫人は、ずっと得体のしれない“ひよ子”にモヤモヤしていたに違いない。
 
「……あ、あの……私の顔に何か……?」
 
 ご夫人は、ニワトリを撫で、着物を毛だらけにしながら、私の顔を見てずっとニコニコしている。
 
「あら、ごめんなさいねっ私ったら……ひよ子ちゃん、本っ当に可愛らしいと思って……ずっと見ていられるわ」
 
 ───……可愛らしい?! 私が?!
 
「今でもね、忘れられないの……毎日つまらなそうにしていた稀羅がね、ある日公園から戻って来るなり私と主人を呼んで言ったのよ? 『お母さん、お父さん、僕ね、絶対にひよ子をお嫁さんにするんだ! 頑張って億万長者になる!』って……」
 
「……っ」
 
「“ひよ子”って誰?! って思ったわ。まさか鶏類のひよ子の事かしらって、主人と目が点になったの……ふふっ……」
 
 思い出しているのか、夫人は続ける。
 
「『どうして“億万長者”なの? 国家公務員じゃだめなの?』って聞いたらね、『ひよ子は億万長者のお嫁さんになりたいから、僕のお嫁さんにはならないって言ったんだ』って……主人と笑ったわ。まさか息子がフラれたなんて」
 
 穴があったら入りたかった。
 子供だったと笑って許してほしい。
 
「主人がね、稀羅に言ったの……『国家公務員は“億万長者”にはなれないぞ』って……五歳を過ぎたばかりの子によ? あの子もあの子の兄も、将来はお父さんみたいな国家公務員になるのだと夢見ていたから、稀羅はものすごくショックを受けてね……」
 
 本当に本当に幼い頃のキラくんごめんなさい、黒霞家の皆様ごめんなさい……っ私は今、夫人に恨み辛みを晴らされているのかもしれない。
 
「でも……『なら、僕は国家公務員は諦める! ひよ子をお嫁さんにしたいから、億万長者になる』って目に涙をいっぱいに溜めて、ハッキリと言ったのよ……私も主人も、胸を打たれたわ……あの子の人生で初めて自分で決断した瞬間だったの」
 
「あの子は周りから自分の兄と比べられて育ってしまったから、ある時から『どっちでもいい、何でもいい』とか『お母さんが決めて』が口癖のような子だったの。丁度、幼稚園の先生からも自己主張のない子、同調傾向が強い子だと言われて心配していた時期だったから嬉しかったわ……」
 
 夫人は感慨深そうな表情を浮かべながら、ニワトリを撫でている。
 キラくんにそんな過去があったとは……自己主張ありまくりだった気がしたけど、幼稚園では違ったのか……
 
「だからね、私と主人は決めたの。稀羅の好きにさせようって……億万長者になるならなってみなさい、ってね。そうしたら、本当になっちゃうんだもの───ウチの子ったら、凄いと思わない?」
 
「は、はい……素晴らしいご子息だと思います」
 
 夫人の笑みの奥が笑っていない気がした。
 
「ふふっ……その素晴らしいご子息はね、蓋を開ければただの“ひよ子馬鹿”なのよ? この20年、ずっと……いつも口を開けば『ひよ子が、ひよ子は』って……私と主人は違う意味で心配していたの。いつまでも記憶の中の幼い女の子を想い続けている、幼女趣味だったらどうしましょうって……」
 
 それはないんじゃないだろうか……きっと……たぶん……
 
「そうしたら、違ったの。あの子はこっそり“ひよ子”の成長を影ながら見守っていたのよ。怖いと思わない? 会いに行けばいいのにって、何度も言ったのに、『億万長者になるまで会えない』って頑なで……」
 
 やっぱりそうだったのか……私、見張られてたのか……え、いつから? 
 私はつい先日の美久里さんとキラくんの恐ろしい共通点ともいえる会話を思い出してしまった。
 
「すっかり話し込んじゃったけど、何が言いたいかというとね……」
 
「は、はい……」
 
 ようやく核心にふれるようだ。
 
「ひよ子ちゃん、息子を……稀羅をどうかよろしくお願いします」
 
 夫人は美しい礼をとった。
 
「え?! やめてくださいっ! 頭を上げてくださいっ!」
 
「あなたが、稀羅を受け入れてくれなかったら、あの子はストーカーで犯罪者になったに違いないわ……ネットニュースの二人の写真を見て、我が一族から、犯罪者を出さずに済んだとホッとしていたの。あんなに笑顔の息子は初めて見たわ。ほら見て、私、嬉しくてスクショしてすぐに主人に送ったのよ」
  
 夫人はスマホを操作し、画面を私に見せた。
 
 今は削除されたが、ネットニュースに使われていたあの写真を、ご丁寧にスクショして保存してあったのだ。
 法務大臣に、このスクショを? ……大臣はどんな表情でこれを見たのだろうか……
 
「主人ったら、驚いたみたいでね……『これ、稀羅か? 別人みたいだな』ってそれを言うためだけにわざわざ電話してきたのよ? うふふっ」
 
 法務大臣のご夫婦は、どうやらすこぶる仲がいいようだ。うらやましいな……
 
 
 その時だった───
 
「───っ母さん!」
 
 キラくんが帰ってきた。
 
「来るなら前もって連絡してくれないと! 週末はひよ子がいるって言っただろ」
 
「ひよ子ちゃんに会いたかったんだもの。人間で本当に良かったわ。とっても可愛らしいし」
 
「いや、ひよ子には落ち着いたらちゃんと会わせるって……すまないひよ子、いきなり来られて驚いただろ? こういう人なんだ……」
 
 私は二人を見比べた。
 ……やっぱり似ている。キラくんはお母さん似だ。
 
「キラくん、お母様から話は聞きましたよ。私のストーカーだったとか」
 
「え!? か、母さん、ひよ子に何を……」
 
「あら? 私、何を話したかしらね?」
 
「ひよ子、違うんだ。後で説明するから、今はひとまず、母さんをなんとかしよう、な?」
 
 慌てるキラくんを見て、夫人は嬉しそうに微笑んでいる。かと思ったら、動画を撮影し始めた。
 まさか……大臣に送る気じゃ……?
 
 
 
 その後、三人でお茶を飲んだ後、夫人は満足そうにして、着物を毛だらけにしたまま帰って行った。不思議な方だったが、苦手な感じはしなかったかもしれない。
 
「ひよ子、気を付けてくれ……あの人、娘が欲しいと言い続けて20年……兄はゲイだし、俺はひよ子一筋だし、結構いじけていたんだ。頻繁に現れると思う……」
 
「え……」
 
 私は母が途中からいなかった。どんなふうに接したらいいかまるでわからない……
 
「そんなに思いつめなくても大丈夫だ。健二みたいな感じで絡んでくれれば! でも、母が与えてくるものは受け取ってくれると、喜ぶと思う……非常識ではないから、そんな変な物は寄越さないと思う……たぶん……」
 
 たぶん、なんだ……
 
「頑張ってみますっ」
 
 
 こうして、キラくんママとの突然の面談は終わった……
 
 
 
< 33 / 51 >

この作品をシェア

pagetop