キラくんの愛は、とどまることを知らない
 
 その後はもはやただの茶番劇だった。
 
 キラくんは美久里さんと政宗さんの間に挟まれ、死んだ魚のような眼をして、遠くを見つめながら話を聞いていたのか、いないのか…… 
 私と健二さんは退屈だったので、二人で目の前の札束を数えたりして時間を潰していた。
 
「わかった、ハッキリ言おう!」
 
 ついに発せられたキラくんの言葉に、その場の全員が固唾をのんで見守る。
 
神崎 美久里(かんざき みくり)、俺はお前が好きではない。好きだったことは一度もない、だから結婚もしない、出来ない。したくない」
 
「そ、そんなにハッキリ言わなくてもいいだろ! お嬢様が傷つくだろ!」
 
 ───……いやいや、ハッキリ振れって言ったのあなたですよね、政宗さん?
 
「政宗! お黙りなさい! ……キラ様、理由をお聞きしても?」
 
「……理由か? ……まず、俺は有事の際にお前を担いで逃げれる自信がない。バーベル120キロと人間120キロとでは違うんでな」
 
「っ!!」
 
 キラくん、女性に何という事を……でも、意外と大事なことかもしれない。地震に火事に介護に……色々あるだろうから……
 
「次に、俺は五歳の頃からすでに心に決めた人がいる。他の女には興味すらわかない。次、俺はお前のことが好きではない。何故なら、昔からしつこく付きまとわれて、ものすごく嫌だった。気付いたら嫌いになっていた。次───」
 
「もう結構ですわっ!」
 
 キラくんの容赦ない理由の数々に、さすがの美久里さんもショックを受けたようだ。好きな人から嫌いだと言われたらさすがに誰でも……

 しかし、違った。
 
「……キラ様が私の事をお嫌いなのは存じておりましたわ。ですが、かまいません! 私の夫になってくださるのなら、嫌われていようが!」
 
「「「「……え?」」」
 
 キラくんだけでなく、私と健二さんも開いた口がふさがらなかった。
 
「好きなんです! アナタのお顔が(・・・)! 毎日おそばで愛でていたいのです! 私だけのモノにしたいのです!」
 
「「「……」」」
 
 ああ、そういう感じ……
 
「その気持ちはわからないでもない。俺もひよ子にそう思っているからな」
 
「えっ……」
 
 突然飛び出したキラくんの爆弾発言に、私と健二さんは顔を見合わせて引いた。
 本来ならば恋人がそう言ってくれるなら、喜ぶべきなのかもしれない……でも……
 
「そうでしょう? わかってくださいますか?!」
 
「わかるが、自分が他人からそう思われていると思うと気持ちが悪い」
 
「稀羅っ貴様! お嬢様に何という事を!」
 
 なんだかもう、面白くなってきた。本人たちは本気で話し合ってるのだから、笑ったら失礼だが、健二さんの顔が明らかに笑いを堪えている。
 
「でも仕方がない。これ以上俺につきまとうのなら、顔に傷でも付けてやるからな」
 
「いけません! そんなことは絶対!」
 
「なら、もう俺に係らないでくれ。本気でストーカーで訴えるぞ……あと、この部屋の天井のアレもすべて撤去しろ。マジで気持ち悪い。さすがの俺もひよ子の写真でここまではしない」
 
 キラくんは天井を指さした。
 つられて私と健二さんも上を見上げる……
 
「……ひぃっ!」
「ひぃいぃっ!」
 
 この部屋の天井は、様々な年代のキラくんの隠し撮り写真を拡大したものでびっしりと埋め尽くされていた。
 これなら十分、ストーカー容疑で検挙してもらえそうだ。
 
「この忠告にも応じない場合は……大臣に直談判させて頂く。娘を警察に突き出すとな」
 
「っお、お父様は関係ないわっ!」
 
 娘の部屋の天井がこんな状況なのに、放置している父親も同罪だと思うんだけど……
 
「悪いが、今回ばかりは本気だ───ここに署名しろ」
 
 キラくんは一枚の紙を取り出した。
 隣に行って中を覗き込めば、今後一切の接触等をしない等の誓約書のようだった。
 実に準備がいい。
 
「嫌よ!」
「二枚ある。政宗、お前も書け」
 
 政宗さんは、苦虫を嚙み潰したよな表情ではあったが、サインをした。
 
「お嬢様、潮時です……ご署名を……これ以上、私もかばいきれません。御父上のご迷惑になります」
 
 政宗さんが初めてまともなことを言った。
 
「政宗っこの裏切り者!」
 
 また茶番劇が始まってしまったが、最終的に美久里さんは誓約書にサインをした。私たち全員が、彼女が自分の意思で記入したところを見届けたのだ。もう言い逃れはできない。
 健二さんは動画まで撮影していたようなので、さすがである。
 
 
 美九里さんのお宅を出た時、気付けば時刻はお昼を回っていた。
 
 ───……もう駄目だ、疲れたしこのまま仕事は休もう。
  
 キラくんも健二さんも初めて見るような疲れた顔をしている。
 
「ひよ子、本当に迷惑かけた……すまない。俺がもっと早くこうしていれば……」
 
「いえいえ、お疲れ様でした」
 
 ストーカー行為が嫌だったと言っていたのだから、放置していたというより、キラくんはあえて目をつぶってあげていたのだろう。いつか政宗さんが諫めてくれると信じていたのかもしれない。
 
 
「本当よ、さすがの私もお疲れだわっ! ってことで、お昼はこのまま稀羅くんのおごりでおいしい物食べに行きましょっねっ」
 
 健二さんはルンルンで車の運転席に乗り込んだ。
 色々言っているが、キラくんを気遣って運転してくれるようだ。本当に健二さんは素敵な人だと思う。キラくんのお兄さんは見る目があるな、と思った。
 
 私とキラ君は二人で後部座席に座り、つかの間の休息をとったのだった。
 
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